マリオネットは君と人間になる
今日の目安としていた分の課題を終わらせ、いつものように台本を開いて、どれほどの時間が過ぎただろうか。
ガチャリと、鍵が開く重たい金属音が聞こえた。その音はいつも夢と現実の狭間で聞くので、改めて起きているときに聞くと何故か緊張が走る。
デジタル時計が指す時刻は零時十二分。明日が土曜日でなければ、私はこんな時間まで起きていないだろう。
私は台本を机に置いて、パタパタとスリッパの音を鳴らしながら部屋の扉を開ける。
部屋から出てすぐの廊下は、玄関まで一本道で繋がっている。黒い鞄と大きく膨らんだエコバックを床に置いて黒いパンプスを脱ごうとしていたお母さんは、私の姿を見てゆっくりと目を見開いた。
「おかえりなさい。お母さん」
「水葉……起きてたの?」
「うん」
お母さんはスリッパに履き替えて、こちらへ……私の後ろのリビングへと歩き出す。目の下の隈はメイクをしていても目立ち、後ろのバレッタで綺麗に纏めていたであろう髪はぼさぼさになっている。お母さんのやつれた顔、は仕事で酷く疲れているのが伝わってくる。
お母さん、今日も疲れてる。今日はやめて、明日にするべきだろうか? でも休日だと、平日よりもお母さんの帰って来る時間が読めない。
私が心の中で葛藤していると、お母さんの方から私に声をかけてくる。
「どうしたの?」
「え……」
「水葉がこんな時間まで起きていることなんて、滅多にないでしょ。何かあったの?」
「あ……えっと、ね」
本当は今すぐにでも夕食を食べ、お風呂に入って、早く寝たいはずなのに。
お母さんに気を使わせてしまった。今更何でもないと伝えれば、それはお母さんの厚意を無下にしてしまうことになる。
こうなったら、もう言うしかない。私は意を決して重たい唇を開く。
「相談したいことが、あるの……」
お母さんは電子レンジに夕食の煮物の入ったタッパーを入れ、ボタンを押す。そしてリビングのテーブルに戻ってくると、私の向かいの椅子に腰を掛けた。
こうしてお母さんと二人で対面して話すのは、この家に来て初めてな気がする。
血の繋がった家族、なのに。
「それで、相談って?」
お母さんにそう問われ、リビングに緊迫した空気が流れる。そう感じているのは私だけなのかもしれないけれど。
私は膝の上でギュッと拳を握り、勇気を出して冬季合宿について書かれたプリントをテーブルの上に乗せる。
「あのね、私……今、演劇部に入ってるの」
「……演劇部? 水葉が?」
「うん」
「いつから?」
「先月の上旬に、演劇部の先輩に誘われて……」
さすがに遺書のことやケーブルの弁償代と引き換えに入部したとは言えず、多少の真実は伏せて答える。