マリオネットは君と人間になる
「はぁ、はぁ、は……っ‼」
目尻に溜まる熱い涙をブレザーの袖で荒々しく拭う。そのおかげで視界は少しだけクリアになり、「廊下は走るな」と赤い字ででかでかと書かれたポスターの横を駆け抜ける。
第二音楽室の前を通り過ぎたとき、教室に鞄を置いたままだったことを思い出す。
でも、今はまだ、教室に戻る勇気がない。あの先輩がいなくなったのを見計らってから取りに行こう。
ドンッ
渡り廊下の角を右折したそのとき、まだジンジンする左肩に強い衝撃と大きな痛みが走る。
私のものではない短い悲鳴と、バサバサと何かが落ちるような音。
そして、左足の下の何か固い感触。
「いったぁ……! あ、すみません‼」
尻もちをつくような形で床に座り込む小柄な女子生徒。
まるでウサギの耳のように下の方に二つに結った黒髪は、可愛らしい顔立ちの彼女によく似合っていた。
制服のリボンと上履きが青色であることから、彼女が一年生だということが読み取れる。
二つ結びの女の子はすぐさま立ち上がり、深々とこちらに頭を下げた。
「あ……こっちこそ、ごめん。ちょっと前見ていなくて……」
二つ結びの女の子に先に謝罪され、慌てて私も頭を下げる。
そのときに初めて気がつく、床一面に散らばった大量の原稿用紙と黒いケーブル。
先程の音と足の下の違和感はこれだったのか。
原稿用紙に書かれているのは、小説? ……とは、少し違うな。空白の部分が多すぎる。
二つ結びの女の子は顔を上げると、冷たい床に膝をつけて原稿用紙を拾い集める。それを見て私も同じように床に散らばった原稿用紙を拾う。
「あ、私が拾うので大丈夫ですよ!」
「ううん、手伝うよ。こうなったのも、私が前を見ていなかったからだし……」
「でも……先輩、何か凄く慌てていましたよね? 今だって、少し顔色が悪いですよ」
「……ありがとう。でも、大丈夫だから」
心配そうにこちらを見上げる二つ結びの女の子にぎこちなく微笑む……つもりだった。
いつものように引きつった頬は、ぎこちない笑顔さえも作ることを許さない。
私は無言のまま、原稿用紙を一枚、また一枚と拾っていく。