マリオネットは君と人間になる
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自殺の理由は複数あった。
そのうちの一つが、感情表現ができなくなってしまったから。
これだけ述べると、「なんだ、そんなことか」と軽く思う人もいるだろう。「そんな理由で命を粗末にするな」と非難する人も。
でも、違う。違うの。全然〝そんなこと〟じゃないの。
いつの頃からか、私のお父さんは躁鬱病という精神病を背負っていた。
一定期間躁状態を、次に鬱状態を、そしてまた躁状態を……そういった二つの状態を繰り返す病気。
躁状態のときはよく言えばとても元気な、悪く言えば気持ちが高ぶった興奮状態のお父さんで、鬱状態のときはよく言えば落ち着いて静かな、悪く言えば精神的に病んだお父さんだった。
お父さんは躁状態になれば私や直斗、お母さんに当たり散らし、鬱状態になれば仕事に行かなくなり家に引き籠もる。そんな生活を繰り返した。
私達は、いつかお父さんの病気が治ると、そう信じていた。
だから殴られても、怒鳴られても、貧相な生活も我慢することができた。
しかし、去年。
お父さんにクラリネットを壊されたあの日を境に、私の体にも異常が起こり始めた。
表情が変えられなくなったのだ。
どれだけ喜んでも、怒っても、悲しんでも、私の顔はピクリともしない。ずっと無表情のままだった。
それだけではない。突然生理が来なくなったり、お父さんの怒鳴り声を聞くと過呼吸を起こしたり、暗い場所にいると体の震えが止められなくなったりする。
私はお母さんに連れられて、お父さんが通っている精神科に訪れた。
私もお父さんと同じ鬱病になってしまったのかと不安になったが、そうではなかった。
精神科の先生が言うには、これは日々のストレスに対する拒絶反応のようなものらしい。
自分では平気だと思っていても、心が、体が限界だと叫んでいる。人間として当然の、普通の反応だという。
精神科からの帰路。お母さんは泣きながら、私に何度も謝った。
ごめんね。ここまで無理させてごめんね、と。
その後すぐに、お母さんは離婚を決意した。
私が一学年の終業式を終えると同時に、私と直斗とお母さんは三人であの家を出て、新しい家へと引っ越した。