マリオネットは君と人間になる

 * * *

 自殺の理由は複数あった。

 そのうちの一つが、感情表現ができなくなってしまったから。

 これだけ述べると、「なんだ、そんなことか」と軽く思う人もいるだろう。「そんな理由で命を粗末にするな」と非難する人も。

でも、違う。違うの。全然〝そんなこと〟じゃないの。


 いつの頃からか、私のお父さんは躁鬱病という精神病を背負っていた。

 一定期間躁状態を、次に鬱状態を、そしてまた躁状態を……そういった二つの状態を繰り返す病気。

 躁状態のときはよく言えばとても元気な、悪く言えば気持ちが高ぶった興奮状態のお父さんで、鬱状態のときはよく言えば落ち着いて静かな、悪く言えば精神的に病んだお父さんだった。

 お父さんは躁状態になれば私や直斗、お母さんに当たり散らし、鬱状態になれば仕事に行かなくなり家に引き籠もる。そんな生活を繰り返した。

 私達は、いつかお父さんの病気が治ると、そう信じていた。

 だから殴られても、怒鳴られても、貧相な生活も我慢することができた。

 しかし、去年。

 お父さんにクラリネットを壊されたあの日を境に、私の体にも異常が起こり始めた。

 表情が変えられなくなったのだ。

 どれだけ喜んでも、怒っても、悲しんでも、私の顔はピクリともしない。ずっと無表情のままだった。

 それだけではない。突然生理が来なくなったり、お父さんの怒鳴り声を聞くと過呼吸を起こしたり、暗い場所にいると体の震えが止められなくなったりする。

 私はお母さんに連れられて、お父さんが通っている精神科に訪れた。

 私もお父さんと同じ鬱病になってしまったのかと不安になったが、そうではなかった。

 精神科の先生が言うには、これは日々のストレスに対する拒絶反応のようなものらしい。

 自分では平気だと思っていても、心が、体が限界だと叫んでいる。人間として当然の、普通の反応だという。

 精神科からの帰路。お母さんは泣きながら、私に何度も謝った。

 ごめんね。ここまで無理させてごめんね、と。

 その後すぐに、お母さんは離婚を決意した。

 私が一学年の終業式を終えると同時に、私と直斗とお母さんは三人であの家を出て、新しい家へと引っ越した。
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