マリオネットは君と人間になる
 私がぐるぐると思考に囚われていると、当の本人である日野川先輩はケロリとした顔で自分のお弁当を食べ始める。

「そういえば終業式の日。お人形さんがお見舞いを提案したんだってね」

「あっ、はい」

 私が頷くと日野川先輩はこちらを見て、意味深に目を細めて言う。

「僕のこと、心配だったんだ?」

 ……あのときは喧嘩を治めるために咄嗟に口から出た提案だったが、日野川先輩を微塵も心配していなかったわけではない。

 寧ろ日野川先輩が体調を崩したのは、その前の日にあったことのせいじゃないかという後ろめたい気持ちがあった。

 あれから日野川先輩の様子に変わりはないし、わざわざあの日のことを掘り返すつもりもないが……日野川先輩の言った〝滑稽〟の意味は、今でも気になっている。

「……まぁ。先輩、ですから」

 日野川先輩はその短い返事で私が照れていると思ったのか、ニヤつきながら白米を頬張る。

「でも、それにしてはお人形さんの姿が見えなかったけど」

「えっと……」

「なんてね。室谷達から聞いたよ。僕の家に来る途中で体調崩したんだって? お人形さんが体調崩してどうするのさ」

 その通り過ぎてぐうの音も出ない。どんな理由があったにせよ、お見舞いを提案した張本人が体調を崩すなんて……。

 でもあの日は、その前の夜に日野川先輩のことで寝不足だったせいで……!

 先程から日野川先輩のペースに乗せられていることに気がつき、無性に腹が立ってくる。

「もしかして日野川先輩も、私のこと、心配してくれたんですか?」

 無いとわかっているが、これで照れた表情一つ見せてくれれば面白いのに。

 そう思いながら、仕返しのつもりで日野川先輩と同じように聞き返す。

 すると日野川先輩は、顔色一つ変えずに答える。

「うん。心配だったよ」

「……え」

 自分で聞いたことなのに、日野川先輩にあっさりとそう答えられて、私は硬直する。

 ……心配、してくれてたんだ。日野川先輩も。

 そう思うと、なんだか日野川先輩に悪いことをしたような気がして、私は顔をそらして白米を口に運ぶ。

「あれ? 違った? 〝こう〟じゃないの?」

「……知りません」

 日野川先輩はまた何か意味の分からないことを言っているが、それを追求する気にはなれなかった。

 ——うん。心配だったよ。

 日野川先輩の言葉が頭に木霊する度、体が熱くなっていく。

 なんで日野川先輩じゃなくて、私が照れているんだろう。こんなつもりじゃなかったのに。

 日野川先輩の方が一枚上手だと言われているような気がして。なんとかこの体の熱から逃れたくて、水筒の中に入っている冷たい麦茶を飲む。

 ……まだ、熱い。
< 70 / 138 >

この作品をシェア

pagetop