マリオネットは君と人間になる
何度目かわからない寝返りを打ち、静かに瞼を開ける。
薄暗い和室で、すーすーと二人分の寝息が聞こえる。
……眠れない。
皆との合宿が楽しくて、今日が終わってしまうのを惜しんで眠れないということもあるだろうが、純粋にまだ眠くないのだ。
普段は日付が変わるくらいの時間まで起きているせいか、この時間帯では全く寝つけない。
いつもは、寝る前に台本読みをしている。もしかしたら、台本読みで一日の最後の体力を消耗しきっていたから、その直後にぐっすり眠れたのかもしれない。
……とはいえ、ここで台本読みをするわけにはいかないしな。寝ている二人を起こすわけにもいかない。
どうしたものかと悩んでいたとき。
突然、扉がノックされる音が聞こえた。
岡本先生が見回りに来たのかと思い、急いで布団を頭まで被る。けれど、扉の奥から聞こえた声は、予想していた人とは別のものだった。
「お人形さん。まだ起きてる?」
……日野川先輩?
部屋が暗いため、壁時計を見て現在時刻を確かめることはできなかった。けれど、それでもだいぶ遅い時間だということはわかる。
なんで、日野川先輩が……?
予想外の来客に驚いていると、急かされるようにまた扉が二回ノックされる。
「お人形さん、もう寝ちゃった?」
こんな時間に非常識ではあるが、相手は先輩だ。無視するのも悪い気がして、私は短い返事をして起き上がる。
薄暗い部屋の中、壁を伝って扉の前まで行き、鍵を開けて扉を開く。すると廊下の冷気に頬を撫でられ、瞬時に目が冴える。
紺色のジャージを上下に着て、片手に懐中電灯を持った日野川先輩は、私の顔を見るなり愛想のいい笑みを浮かべた。
「こんばんは。お人形さん」
「こんばんはって……今、何時だと思ってるんですか」
「えっと、もうすぐ十一時になるね」
日野川先輩は自分の右手首の腕時計を見ながら答える。
「十一時になるね、じゃないですよ。非常識です」
「でも、お人形さんは起きてたでしょ? ほら、あんまり騒ぐと二人が起きちゃうよ」
日野川先輩は「しーっ」と人差し指を自分の唇に当てる。
「……それで、私に何の用ですか?」
私が声を潜めて言うと、日野川先輩は私の前にチャリッと銀色の鍵を掲げて言った。
「今日はお人形さんの補習、まだやってなかったなって。寒くない格好に着替えて来て。玄関で待ってるから」
日野川先輩は一方的にそう言うと、音を立てないように扉を閉める。
……補習って、こんな時間から? あと一時間ちょっとで日付が変わるのに?
日野川先輩の行動は本当に理解ができない。そもそも、合宿とはいえこんな時間に異性の部屋に来るのもどうかと思う。
……そう呆れながらも、ジャージに着替え始める私もどうかと思う。
どうせまだ眠れないしと、日野川先輩に言われた通りパジャマを脱いでジャージに着替える。
このまま無視して布団に戻ったところで、日野川先輩は下で私を待ち続けるような気がする。それか、今度は強制的に部屋から引きずり出しに来るか……。
常識的に「ありえない」ことを実行してしまう先輩のことだ。これらの私の想像をはるかに超えた、とんでもないことをしでかすかもしれない。
だから、そう。仕方ないのだ。仕方ないから、私は日野川先輩の元に行くだけ。
自分を正当化する言い訳を考えながら、少しだけ高鳴る胸を無視して、私は部屋を後にした。