マリオネットは君と人間になる
冬の体育の授業の度に思うが、生徒達のジャージの生地はもっと厚くして、暖を取れるようにするべきだと思う。昼間ですら寒く感じるジャージでは、こんな夜の気温に耐えきれるはずがない。
私は腕を擦りながら、隣を歩く日野川先輩の持つ懐中電灯の明かりを頼りに、整備された土の上を運動靴でじゃりじゃりと歩く。
横の校舎はどの教室も明かりがついていなくて、朝とは違った不気味な雰囲気を醸し出している。まるで、肝試しでもしているような気分だ。
「天文部、静かでしたね」
「さすがにもう天文部も消灯時間になったんじゃない?」
「そんな中、生徒達だけで外に出ていいんですか?」
「よくはないね。バレたら確実に叱られちゃう」
「……もしバレたら、日野川先輩のせいだって言いつけますから」
「僕は『来て』って言っただけで、『来る』って決めたのはお人形さんでしょ? だからお人形さんも同罪。ギルティだよ」
日野川先輩は室谷さんの真似をしてそう言った。
「今夜、学校には演劇部と天文部の顧問以外の先生は残ってない。天文部顧問の先生はわざわざ演劇部の方までは見回りに来ないし、岡本先生はお人形さん達が帰った後ビール二本飲んでたから、多分朝まで起きない。だから、そんなに心配しなくても大丈夫だよ」
岡本先生がビールを飲んでいた? それも二本。
確か校内では、生徒はもちろん、教師も飲酒喫煙は禁止されてるんじゃなかったっけ?
……この教師にしてこの生徒あり、って感じがする。
私が呆れ果てていると、日野川先輩は顔を上げて夜空を見上げる。
「天体観測って言ってたから、流星群でも見れるのかと思ってたけど……いつもと変わりない星空だね」
「……私、星空って……夜って、あんまり好きじゃありません」
「夜は〝暗い〟から?」
私が下を向いたまま言うと、日野川先輩は淡々とした声で聞いた。私はその問いかけに頷いて答える。
暗い場所では、どうしても嫌なことを思い出してしまうから。
夜が来ると、家に帰らなきゃいけない。夜が来ると、嫌な記憶が蘇る。
夜なんて来なければいいのに。
「……お人形さんは夜が嫌いだって言うなら、僕は青空が嫌いかな」
「……青空?」
「青空の日ってさ、皆が外に出るでしょ。僕はそういうの、面倒くさくて嫌い」
……日野川先輩って、意外と陰キャだったり、引きこもりだったりするのかな?
相変わらず日野川先輩の言葉を理解することはできない。それももう慣れてしまって、私は最初から深く考えることを放棄する。
「意外です。スマホカバーとか台本のノートとか、日野川先輩の私物は青いものばかりなので、青が好きなんだと思っていました」
「よく見てるんだね。親が勝手に青いものばっか買ってくるんだよ。『男は青が好き』なんて考え、もう古臭いのにね。……そういえば、今日は視聴覚室に行けないから、補習の台本は今やってる『そして僕らは人間になる』でいくよ。お人形さんは座長だから、セリフはもう完璧に頭に入ってるよね?」
「はい」
一か月前の私は言えなかったであろう、はっきりとした返事をする。演技は兎も角、セリフなら全て頭に入っている自信がある。
日野川先輩は満足げに「ならよし」と言う。
「でも視聴覚室に行けないなら、何処で練習するんですか? この寒空の下、外でなんて言いませんよね?」
「まさか。僕が座長の体調も気遣えないような酷い演出だと思う?」
正直思います。なんて言ったら、本気で外で補習されるような気がして口を噤む。
日野川先輩はクスクスと笑いながら、私に先程の鍵を見せる。鍵についたプラスチック製のオレンジ色のネームキーホルダーには、「体育館」という文字が書かれている。
「その鍵……」
「岡本先生のをくすねてきた。体育館なら室内だし、外よりは寒くないでしょ」