マリオネットは君と人間になる
「ノア。お前はどうしたいんだ?」

「……僕?」

「彼女や俺の意思に惑わされないで、ノアはどうしたい?」

 ——家のお金とか関係なしに考えて、お人形さんはどうしたいの?

 いつの日か、日野川先輩に似たような言葉を言われたことがあった。

 あれはこのセリフの引用だったのかな。……いやでも、これは日野川先輩オリジナルのセリフだし、引用とは言わないか。

 懐かしいことを思い出しながら、ノアの次のセリフを口にする。

「……僕は、オリビアに会いに——」

「お人形さんは、いつまで〝そう〟しているつもりなの?」

「えっ」

 突然、日野川先輩は台本とは違うアドリブを挟む。

 ううん、違う。『お人形さん』は劇とは全く関係ないセリフだ。これは劇を続けるためのアドリブなんかじゃない。

「自分の本音とは違う、偽りのセリフで演技し続けて。お人形さんは、いつまで〝お人形さん〟で満足しているつもりなの?」

「日野川せんぱ——」

 ごくりと息を呑んだ。

 私の苦手な、あの目だ。

 日野川先輩はあのときの冷たい、凍てつくような瞳で、私を見据えていた。

 体温が急激に下がっていき、私の体はその場に凍り付いたように動かすことができなくなる。

「ねぇ、お人形さん。僕はどうして、君を〝お人形さん〟みたいだって言ったのか、わかる?」

「……私が、表情を変えられない、人形みたいだったから」

「違うよ」

 日野川先輩は私が震えた声で告げた解答をばっさりと切り捨てる。

「君が、君の中にある本音を口にできない〝お人形さん〟みたいだったからだよ」

 そう言って日野川先輩は上から照らされるライトの輪から出て、こちらに歩いてくる。日野川先輩の顔に黒い影がかかり、反射的に私は一歩後ずさった。

「言いたいこと、思ってること、やりたいこと。君はたくさん持っているはずなのに、それらをちっとも口に出そうとしない。先輩を責める生意気な言葉はすらすら出てくるくせにね」

 怖い。

 日野川先輩の考えていることがわからない。日野川先輩は今、私のことをどう思ってるの? 私に何を伝えようとしているの?

 喜怒哀楽の感情を含まない淡々とした声は、何処か威圧的で、足が竦みそうになる。

「君の口より、君の遺書の方がよっぽど素直だよ。〝お人形さん〟の君より本音を露わにしていて、よっぽど〝人間〟らしい」
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