マリオネットは君と人間になる
 日野川先輩が私のいた明かりの中に入って来て、再び冷ややかな顔が照らし出される。

 迷いのない真っ直ぐな瞳は、何か強い意志を持っているように見えて。

 でも私には、それが何かまでは悟ることができない。

「そろそろ〝お人形さん〟でいるの、やめにしたら? 君の本音、その口で聞かせてよ」

「……私の、本音?」

 合宿に参加したいと思ったこと。演劇部を守りたいと思ったこと。暗い場所が怖いこと。死にたいと思ったこと。演劇部に入って、皆と会えてよかったと感じたこと。

 この演劇部に入部してから、言いたいことは少しずつ言えるようになってきたと、自分では思う。

 でも、そういうのじゃないの? それらとはまた違うの?

 まだ、私には……心の奥にしまい込んだ、言いたいことがあるの?

 自分のことのはずなのに、日野川先輩の求めている『本音』がわからなくて。

 縋るような思いで日野川先輩を見つめる。

「君は、どうして自殺しようと思ったの?」

「……表情が変えられない、私自身が嫌になって」

「違うでしょ。君の遺書には、最初に書いてあったよ」

 私が、遺書に、最初に書いたこと……?

 あの夜、泣きながら机に向かって書いた遺書。

 始めに、感情のままに自分の思いを文字にして……。

「……っ」

 深い深い記憶の奥で、机に置かれた、横線の入った白い便箋が見える。

 表情が変えられないこと。クラスで一人なのが辛かったこと。

 それらの理由は一番じゃない。

 便箋の最初の行に書いた、死にたいと思った一番の理由。

 私の、ずっと言いたかったこと。

 今までずっと、私が言えなかった、言いたかった〝本音〟は……。

「……怖かった、んです」

 冷え切った頬に熱い涙が伝う。

 日野川先輩の顔は歪んで鮮明には見えないが、真剣に私の言葉に耳を傾けてくれているのがわかる。

 胸の奥の思いを曝け出すように、嗚咽を交えながら、全てを吐き出す。

「お父さんに、捨てられて……私には、もう、お母さんと直斗しかいなくて……っ。もし、二人にまで捨てられたら、私は……っ、一人に、なっちゃうから……っ」
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