マリオネットは君と人間になる
 お父さんとお母さんが離婚届けを書いて、引っ越すための準備をしていたある日。

 お母さんと直斗が家を空けている間に、私はお父さんにリビングへ呼び出された。

 お父さんは俯いて、今にも泣きそうな、弱々しい声で私に言った。

『なぁ水葉。……お前は、父さんのことが嫌いか?』

 そのときにはもう、私は表情を変えることができなくて。

 大好きなお父さんは、私から表情を奪った憎い相手になっていて。それでも、嫌いにはなれなくて。

『……お父さんは、どう思ってるの? 私がお父さんのこと、嫌ってると思う?』

『……』

『自分で、私がお父さんを嫌いになるようなことをしたって、心当たりがあるの?』

 子供みたいな考えだって、自分でも思った。

 でも、お父さんが〝ごめんなさい〟の一言でも言ってくれれば、私はお父さんを許すことができるかもしれない。

 また昔のような家族に戻れるかもしれないと思った。

『……わからないんだ。父さんは、水葉や直斗、母さんにしたことを思い出せない。でも……』


——例え、水葉が父さんのことを嫌ってても……父さんはずっと、お前を愛してる。



 その数日後。家を出て行く際に、お父さんは躁状態となり、私達に怒声を浴びせて言った。

『もう勝手にしろ! 俺はもう、お前達なんか愛していない! 頭のおかしいガキと使えない女がいなくなって、清々する!』

 あれが、お父さんの本音だったのかはわからない。出て行く私達に対する、最後の強がりだったのかもしれない。

 でも……〝愛していない〟の言葉は、まるで呪いのように私の記憶に深く刻み込まれた。

 数日前には、〝愛している〟だったお父さんの気持ち。それは、あっさりと〝愛していない〟に塗り替えられた。

 あぁ。そんなものなんだ。

 人の思いは、そんな簡単に変わってしまうものなんだって。

 そう思ったら、とても怖くなって。

「二人に……嫌われるのが、怖くてっ! 家族をバラバラに壊したのは、私だから……だから家事も、全部頑張って、絶対に迷惑をかけないようにって。迷惑をかけない〝いいこ〟になれば、私は……まだ、愛してもらえると、思って……っ!」

 けれど、引っ越してから、お母さんは一人で私を養っていくために家を空けることが多くなった。直斗の帰りも遅くなり、一人で家にいる時間が長くなって。

 仕方のないことだとわかっているのに、それがどうしようもないくらい寂しくて、三人の間に壁のようなものを感じて。
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