マリオネットは君と人間になる

　小さい頃。お母さんのドレッサーに置いてあったアクセサリーに悪戯して、激怒したお母さんに、一度だけ押入れに閉じ込められたことがあった。閉じ込められた時間は五分ほどの短い間で、我に返ったお母さんはすぐに押入れを開けて、私に何度も謝罪した。

　たった一度だけ、お母さんに植え付けられた〝トラウマ〟。

　それは、どれだけお母さんとの楽しい思い出を積み重ねても、決して癒えることはなくて。

　人の思いなんて、簡単に変わってしまう。

　やがてその記憶は、『お母さんは私を捨てることがある』という証明になっているような気がして。

「もう一度、今度は二人に捨てられる日が来るって思うと、怖くて……っ！　それなら、そんな日が来るくらいなら、いっそ、自分でいなくなればって……っ。愛されなくなる、捨てられる苦痛……私は、もう耐えられないから……っ！」

　二人に捨てられるくらいなら、私は自分で、私を捨てる。

　そう思いながら、遺書を書いて……演劇部に入って明るくなれたと言われても、家のバラバラな雰囲気は何も変わっていなくて。

　体を支えられずに前屈みになって、膝から床に崩れ落ちる。左手で痛むお腹を押さえながら、右手で何度も袖で涙を拭う。

　けれど、涙は次々と溢れてきて、ステージの床に小さな水たまりを作っていく。

　体が熱い。胸が苦しい。喉が痛い。息ができない。涙が止まらない。

「寂しくて、辛くて、怖くて……嫌だ。独りは、嫌だよ……っ」

　ぼやけた視界の隅に、こちらに寄り添う白い靴下を履いた足が映る。

　その次の瞬間。私は逞しい腕に全身を抱きしめられた。

柔軟剤の香りに包まれ、頬に癖毛気味の黒髪がチクチクと当たる。温かい手のひらが、ゆっくりと私の背中を擦る。

「大丈夫。息を大きく吐いて……吸って」

　耳元で、日野川先輩の声が聞こえた。それは先程の冷たい声ではなく、いつもの優しい声で。

日野川先輩の指示通りに、大きく息を吸って深呼吸をする。