マリオネットは君と人間になる


 * * *

 幼い頃のことなんて、詳しくは覚えていない。

 ただ一つ覚えているのは、僕は昔から、人見知りが激しかったということだ。

 母に抱かれる僕を見て微笑む祖父母。プレゼントを持ってきた従妹。会う度に挨拶をしてくる近所の人。

 彼らに対して、僕はニコリともしなかった。

 そんな僕の反応を庇うように、いつも母はぺこぺこと頭を下げていた。

 家に帰ると、母は決まって困り顔をして僕に言った。

『ねぇ誠。お願いだから、もう少しだけ周りの人に笑いかけてくれない?』

 意味がわからなかった。

 どうして笑わなきゃいけないのだろう。どうして周りは僕に笑顔を求めるのだろう。

 意味がわからないまま、僕は母に言われた通りに笑った。

 口角を上げる。それだけで、母や周りの人は満足そうに笑う。簡単だった。


 自分と周りのズレを感じたのは、幼稚園のときだった。

 僕が男の子の積み上げた積み木を倒すと、その男の子は泣き出して、先生は僕を叱った。『自分が相手の立場だったらどう思うの?』と。

 別に、なんとも思わない。

 先生が何をそんなに怒っているのかがわからなかった。そのときの僕は、先生から男の子に謝るように言われ、その通りに謝った。

『楽しいね』

〝楽しい〟って何?

『悲しいよ』

 〝悲しい〟って?

『嬉しいな』

 〝嬉しい〟って何なの?

 周りの子達が当たり前のように使うその言葉の意味が、僕にはわからなかった。

 昔、その言葉の意味を近所の子に尋ねてみた。

 するとその子は目を丸くした後、気味悪がるような目で僕に『お前、変だよ』と言った。

 あぁ、変なんだ。その意味がわからない僕はおかしいんだ。

 ズレに気がついた僕は、〝知らない〟を誤魔化すことにした。

 それも意外と簡単だった。

 僕が黙っていれば、相手は勝手に満足して次の話題へと話を進める。

 何も言わなければ、〝知らない〟ことも簡単に誤魔化すことができた。
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