翡翠の森

『……何故、そう思う』


小さなロイには大きな衝撃だったはずなのに、震えていたのは兄の方だった。


『私がそう言ったか? お前が憎いと、一度でも言ったのか? 』


――君に恨まれるようなことを、僕はしたかな?


(……してないよ。ロドニーも、兄上も)


ロドニーに言われて、改心したつもりだった。
けれども実際は、何も理解していなかったのだ。それも、こんなにも身近なところで。


『……そんなにも信用していない男を、兄などと呼ぶな』


どんな失礼な態度も、これまで兄は許してくれた。だが、今度こそ嫌気が差したのかもしれない。


(……嫌われたって当然だ。嫌われたら楽だって、思ってきたんだから)


なのに、苦しい。
どこかで、また兄は見逃してくれると思っていた。


『いつかお前が、本当に兄だと思った時に呼べ。それまでは呼び捨てでいい』


ぽん、と肩を叩かれ、我に返る。


『……アル? 』

『ああ。だが、それではお前と区別がつかないな』


この顔に見覚えがある。
笑っているのに、どこか悲しそうな。
痛みは先程より引いているのに、ロイは無意識に頬に触れた。

ああ、そうだ。
ロドニーが彼の息子を叩いた時だ。
その時、どう思った?


(もしかして……本当に心配してた? )


――愛しているから、怒るのだと。


『……大丈夫だよ。僕はロイだから。アルもそう呼んで』


(……アルは二人もいらない)


『……分かった』


なぜそう名乗るのか、何の説明もなく不審に思ったに違いないのに、アルフレッドは快諾した。


『とにかく、話を聞かせろ。皆好き勝手にほざいているが、話にならん』

『……うん』


療養という話を、鵜呑みにしていたのではなかったのか。
弟に確かめるべく、そこでずっと待っていたのだろうか。


(……大きい)


差し出された手に、勇気を出して掴まる。

ロイは悟った。
自分では、到底彼には敵わない。
アルフレッドが王になるのだ。
そう認めた途端、何かがストンと落ちていく。

王になれないからこそ、できることがきっとある。
王にしかできないことは、アルフレッドがやってくれるのだから。

――僕にしか、できないことを。




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