翡翠の森

気づいていないのは、当のジェイダ本人くらいのものだ。可哀想に、エミリアも例外ではあるまい。


「それって、いつから? 」

「さあな、明確には分からん。最初はどこにでもいる娘だと思ったし、事実そうなんだろうが。強いて言うなら、変な女だと思った辺りくらいか」


酷い言い様だ。
けれども、それは――。


「……そんなに彼女が可愛いなら、何で引き留めないの」


愛情なくして、言えないことだ。
申し訳ないが、彼は妻であるエミリアには、そんな言い方はしない。少なくとも、今は。
悪口どころか、その言葉の端々にふわりとした優しさを感じ取ってしまう。


「それほど好きなら、引き留めて守ってくれたらよかったのに。ここで……安全な場所で。兄さんの言う、変な女の子でいさせてあげたら」


臆病者でもいい。
腑抜けと言われても、構うものか。
そう思ってしまうのは、そんなに悪いことなのか。


「甘えるな」


兄の厳しい声に、ハッとする。
それだけではない。
ロイの肩は、自分でも驚くほどはっきりと跳ねた。


(え……今……)


こんなことは、初めてだ。
兄の姿を見て、震えるなど。
幼かったあの日、最初で最後に打たれた日さえ、怯えたことはなかった。


「何の為に、お前はあいつをここまで引っ張ってきた。祈り子などという任務から、守る為ではなかったのか」


そうだ。
当然ながら、それだけではなかったが、確かにそれは大きな理由のひとつだった。


(僕は、恐れているのか。兄さんを? それとも、これから言われることを? )


「怖いだけだろう」

「……っ」


その問いに、体は正直に肯定する。


「拐っておきながら、いざ本気で惚れてみたら。怖くなっただけだ」




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