翡翠の森
兄と別れ、決意を胸に自室へと向かう。
部屋の前まで来ると、デレクが待っていた。
「どうしたの? 」
「ご準備を、と思いまして。長旅になるやもしれませんから」
彼の姿が目に入った時点では無視していた嫌な予感が、ますます大きくなっていく。
「いいよ、適当にやっておくから」
それでも気のせいで済ませようと、ロイは手をヒラヒラと振り、中に入ろうと……
「っ……なに!? 」
……したところに、デレクがぬっと入り込む。
ロイは慌てて後ずさった。
「私もお供します」
(あー……やっぱり)
「老体に鞭打たなくてもいいじゃない」
「若君が落ち着かれるまでは、と申し上げたでしょう。今が山場ではありませんか。ご一緒するに決まっています」
覚えているとも。
あれほど嫌がった“禁断の森”にすら、彼はついてきてくれた。
「これが全て解決すれば、ジェイダ様と一緒になるのでしょう。それを見るまでは、ええ、鞭を打ちますとも」
思いがけない言葉に、ロイは彼をまじまじと見つめた。
言われた内容にも驚いたが、一番びっくりしたのはデレクが笑っていることだった。
「ジェイダと話したの? 」
「……固定観念とは、恐ろしいものです」
質問には答えず、デレクは言った。
「十数年前、クルルの若者と楽しそうに話す、ロイ様を見た時……確かに私は思ったのです。こんな未来もいいものだと。それが、どうでしょうか」
(かなり昔のような、そうでもないような。でも、やっぱり……老けたかな)
彼は若い頃からじいやだった。
そのせいで普段は感じないが、ロイが大人になった分、デレクは老いたのだ。
今更、記憶を辿らなくとも分かる。
彼には随分と、迷惑をかけてきたと。
「環境が元に戻ればまた、私の目も曇り出す。主にはここで、然るべき方と幸せになって頂きたいと。そう、願っていたのです」
(こんな主がいるものか。僕は……)
――ただの、手のかかる子供だった。