翡翠の森

「……何だって……!? 」


クルルを訪れるのは、仕掛ける為でも投降する為でもない。
予定では――あくまで予定として――一日、二日ほどで戻ることになっている。
よって、特に触れ回ってもいないというのに。


「おやおや、困りましたね。これからお二人がお出になりますのに」


いつの間に姿を現したのか、キースが落ち着き払って立っている。


「……キース」


言葉とは違い全く困惑した様子のない彼に、ロイがその名を吐き出した。


(まさか……どうして……? )


キースが騒ぎを起こしたというのか。

なぜ。
どうして。
何の為に?

「お二人とも、時間がないのでは? 」

「……言われなくても、分かってる」


吐き捨てられた言葉とは真逆に、ロイの腕が優しくジェイダの肩を抱いた。


「……きっと、すぐ彼らにも伝わる。それが、今じゃなくとも」


(守られてる)


ロイの体温が。
香りが。
視線が。

この体を包み、守ってくれている。

この甘い感覚があれば、後から来る痛みも怖くない。


(……不謹慎かな。でも)


事実だ。
倒れそうなほどの緊張や不安から、幾度となくジェイダを救ってくれた。


「行かれるのですか? クルルの乙女。おやめになっては? 貴女には危ないでしょうから」


(そんなことをして、何になるというの? )


キースの目的は、いくら考えても分からない。


「行きます。ロイと一緒に。キースさんも、そう望んでいたのではないですか」


それでも、やらなくてはいけないことに変わりはない。
外に出るには城門を潜らなくてはいけないし、その先には反対しているであろう、この国の人々が待っている。


「ロイ、行こう」


(ありがとう。でも、まだちょっと早いね)


癒されるのは、傷を負ってから。
守ってもらうのも、まずは自分が頑張ってから。
だから、できるだけ自然にロイに微笑みかける。


「了解、お姫様」


嫌だと思ったこともある、軽い調子。
今はそれが、ジェイダの心を上向かせた。


(……大丈夫)

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