翡翠の森
「ご存じのとおり、トスティータとクルルは仲が悪い」
固唾を呑んで見つめた唇が発したのは、もちろんジェイダも知っていることで、あまりに今更のことでもあった。
もう何百年も前から、この状態が続いているというのだから。
「……うん、だよね。でもここだけの話、そんな子供の喧嘩みたいな言い方じゃ済まなくなっているんだ」
ジェイダの反応を予測していたのか、ロイは更に言った。
「はっきり言って、いつ戦争になってもおかしくはないんだよ。この愚かな国々は」
吐き捨てられた言葉に、息をのむ。
「……どういうこと? 」
その単語の意味を知らないはずはない。
知識として記憶はされているものの、理解はできていないその言葉。
「これはまだ、トスティータでも一部の者しか知らない。クルルも同じだよね」
その問いに何度も頷いてしまう。
大地が干からびかけているとはいえ、町の様子は平和そのものだった。
「実は、父の……国王の体調が思わしくない」
そのような重大なことを、ジェイダのような娘――それも敵国の――に話してしまっていいのだろうか。
驚いてばかりのジェイダに、ロイは悲しげに首を振った。
「この込み入った時期にね。……参るよ」
そんな言い方を、ロイがしたいはずもない。
王子という立場には、親の病状を悲しむ権利すら与えられないのだろうか。
「現国王は、古臭くて好戦的だからね。僕としては、いっそこれを機会に和平を結んでしまいたい。……でも、全く逆の考えをもつ人間もいる」
逆。それはつまり――。
「敵に隙を見せれば、好機として攻め込まれる。それくらいなら……ってね」
クルルが戦場になる。
母国のことを間近で聞いているにも関わらず、まるで頭に入ってはこなかった。
「私は脳なし大臣ども違って、無益であれば争いは避けるべきだと思っている。そこは賛成だが」
アルフレッドが口を挟んだ。
「だが、そのような国家機密を、クルルの民であるこの女に話すのは解せない」
「もう。そこは納得したはずだよ? アルだって、自分の国の大臣が阿呆だなんて、教えちゃ駄目じゃないか」
ロイはそう言うが、アルフレッドの意見に分がある。
やはり、どう考えても自分が聞いていい話ではない。