翡翠の森
・・・
その頃。
ジェイダも、ロイすらも予想しなかったことが始まろうとしていた。――トスティータの王城で。
「調子はどうだ」
形ばかりの自室に入ると、アルフレッドは妻に声を掛けた。
「……恙無く」
足音など全くしなかったことに、エミリアの顔が歪む。
彼がただの好色な王だったら、よかったのに。
そうしたら、全てにおいてこれほど悩んだりせずに済んだ。
「アルフレッド様」
名前を呼んでその体に纏わりついても、彼は無表情のままだ。
「……わたくしでは駄目ですか? どうしても……? 」
腹立たしいったらない。
あんな田舎娘が笑うだけで、彼の頬もまた緩むというのに。
あんな――素朴で表情豊かで、子供っぽいけれど……とても可愛らしい女の子。
「正直に言えば、揺れる。男としては」
驚いて顔を上げたが、そこにあるのは彼の言うような色に揺れた瞳ではない。
「だが、この国の臣としてみれば、警鐘は鳴ったままだ。いや、いっそう酷くなるか」
ゾクリとするような、冷たい炎だ。
「……っ……」
それを見た途端、エミリアは身を翻した。
女として危険を感じたのではない。
人間として、恐怖を覚えたのだ。