翡翠の森

「……ジェイダ」


慣れない日差しに、赤くなってしまった手。
そっと撫でれば、ロイが少しだけ身動ぎして、戸惑うように窺っている。


「仰せのように、私はただの平凡な娘です。そもそも本当は、祈り子なんて必要なかった。少なくとも、この時代には」


(この手は、弱くなんてない。ずっと戦って、傷ついてきた)


誰だって不慣れな土地では、体がなかなか適応できないものだ。
ジェイダだって、トスティータに来たばかりの時はくしゃみが止まらなかったし、熱も出た。
そんなことで、優劣や勝ち負けが決まるものか。


「それよりも、ずっと確実に現状を打破できる方法があります。こんなどこにでもいる娘に任せるなんて、頼りないものじゃなく」


どうして、自分だったのか。
いつしか、悩みあぐねることもなくなっていた。
反対してくれる人がいなかったことも、寂しく思いはするが、嘆くことはもうしない。


「ただ、これまでのことを思えば、それには時間がかかるのです。ですから、一刻も早く始めなくては。……どうか、お願いします」


悲観する理由がないからだ。
少し意地悪な子リスに導かれて、敵だと思っていた異国の王子様に出逢い。
怒ったし、笑ったし、悲しいこともあったけれど。


「……っ、ジェイダ」


勝手に立ち上がり頭を下げると、ロイが側で息を呑んだ。

――恋に落ちたのだ。

そのどこに、悲しむ要素がある?


『運命だよね』


そう言うロイはいつも甘くて……どこか苦しそうに微笑んでいる。


(いつかロイが、笑ってそう言ってくれるように)

これはけして、悲恋ではない。

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