翡翠の森
ジェイダは、一切の不安を頭から追いやった。
うまく無心でいられたと思っていたのに、ふと自分の両手が目に入る。
(もう、しっかりして!! )
ロイの意外と大きな手から、ちょっと離れただけでこの様だ。
「だから、やめなさいと……」
困惑した声が聞こえて隣を見れば、ロイが膝を折っていた。
「ロイ……! 」
後ろに控えているジンたちが、ぐっと耐えているのが分かる。
彼が悪いことをしたのではない。
それなのに頭を垂れ、屈したともとれる行為を大切な人がしている。
そんな様子を見るのは、彼らには耐え難い苦痛であるだろう。
「長年の願いが叶うなら。どちらの血も流さずに済むのなら。……私が躊躇う理由はない」
ロイの声に、誰よりもジェイダの手がブルブルと震えた。
ロイとて感情はあるし、何よりただの若い男性だ。それが何故、このようなことになるのか。
「……兄である、王の代わりに? 」
立場や身分など忘れ、思わず掴みかかりたくなる。
すんでのところで踏み止まったのは、当のロイが笑っていたからだ。
「そうですね。たとえ兄だろうと、代わってあげないと決めたので」
そして再びジェイダの手を包むと、ゆっくりと唇を寄せた。
「彼女とこちらに来る権利は、僕だけのものだから」
押し当てた唇は肌を挟み、離れていく。
もしかしたら、ほんの少し噛まれたのではないか。
この大勢の前でそう思ってしまうほど、指がチクリと痛みを告げる。
「それはそれは。何とも当てられてしまうが……とにかく、お立ち下さい。約束を違えるなど、私は言った覚えはないが」
ロイの腕を引っ張ったが、膝は床についたままだ。
「若者はせっかちで困る。続きは席につかれてから。でないと、話しませんよ」
そう言われては、ロイも立たざるをえない。
おかしなことに、不本意そうではあるけれども。
「それでは再開しましょう」
突っ立ったままのジェイダには、それほど関心はないらしい。
ロイが着席したのを、満足そうに頷いた。
「ジェイダ」
彼に呼ばれ、我に返った時には手が伸びている。
恥ずかしくて引っ込めたが、やんわりと阻まれてしまった。