翡翠の森
「……無理だと思う」
そんな脅しに屈するものか。
残念ながら、そう軽いほうでもない。
お姫様だっこなんて、幻想だ。
わりと最近も夢見たかもしれないことを、ジェイダはなかったことにしてそう結論づけた。
百歩譲って一瞬抱き上げたとしても、あの部屋までの距離を細身の王子様がそのまま歩いて行けるわけがない。
「言ったね」
プライドが傷つけられたのか、ムッとすると本当にひょいっと抱えられてしまった。
「……下ろして……! 」
「嫌です。ジェイダが言ったんでしょ。それに悪いけど、逃げられると困るんだ」
宿屋で外套を着せられた時。
手の甲に、キスされた時。
恋愛感情でなくても、確かにドキッとしたのだ。
「大人しくしてなよ。裸同然の女の子に、乱暴なことしたくないんだから。……君は知らないみたいだけど、僕、ちゃんと男だからね」
(……そんなんじゃ、ないもの)
なのに、苦しい。
王子様に横抱きにされているというのに、胸はちっともときめかない。
(ロイの気持ちは、どこにあるんだろう)
政策のひとつとして祈り子を婚約者にと決めた時、彼は何を思ったのか。
連行されながら、ロイの顔を盗み見る。
だが、彼はジェイダのことなどまるで見ずに、ただ前を見据えていた。
長い長い、回廊の先を。