翡翠の森
「ジェイダ様」
登場の仕方に驚いたものの、部屋に着くとジンがほっとしたように出迎えてくれた。
「ジン、ごめんなさい」
そっとベッドに下ろされると、ブランケットがふわりと降ってきた。
「いいえ」
ジンには悪いことをした。
それなのに首を振って、優しく微笑んでくれる。
「あのね。僕だって心配したよ」
「……」
そう言われても、ロイには素直に謝ることができなかった。
可愛いだけでなく上質な敷布の上すら居場所が見つけられなくて、無意識に膝を抱えてしまう。
「君の気持ちを無視してばかりで、本当にすまない。中止することができないのに、謝るのも申し訳ないけど…どうか、僕達に力を貸してほしい」
ジンから受け取った、ホットミルクに口をつける。
ほんのりとした甘さと、カップの温かさに幾分落ち着いてきた。
「……私こそ。ロイだって、苦渋の決断だったのよね? 他に方法がないくらいに」
聞く耳を持ちだしたのに安堵したのか、ロイは深く息を吐くとジェイダの隣に座った。
先程とは違う、真剣な口調がジェイダの怒りを奪う。
「ん……まあね。でも、ほら。どうせいつかは、どこかの国のナントカ姫と結婚することになるんだし。それくらいなら、君と楽しく過ごした方がいいかな、とは期待してたよ」
彼の立場では誰と結ばれるかで、国交が生まれ、または断絶する。
「ジェイダは僕が望んでないって言ったけど、少し違うんだよ。でも、君にとっては失礼な話だった。……だからさ」
もしかしたら、ロイが自分の意思で決められる、たったひとつの結婚。
それが自分とだなんて。
「それぞれの国を思う、同志だってことにしよう。僕は現状を改善すべく、クルルの乙女である君を招いた。君は敵である僕の言葉を信じ、トスティータまで来てくれた」
ひとつひとつの単語をゆっくりと紡ぐ彼の声に、いつしか本当に耳が傾いていて。
「実際は、無理に連れて来た訳だけどね」
話の合間に、そんなことを加えながら。
(そんなに苦しそうなのに。無理に冗談にするのは、ロイの悪いくせだわ)