翡翠の森

「貴女がそんなことでは困ります。相手がしびれを切らす前に……」


男が声を荒げた瞬間、扉が音を立てて開く。


「……アルフレッド様」


飛び上がるほど驚き、男は慌ててその場に伏せた。


(今日は、城下に行かれているはずじゃ)


「予定より、早く終わってな。帰ってみたら、随分と若い男が妃を訪ねたと聞いて」


背筋を冷たいものが流れる。
彼が嫉妬など、するはずもない。


「急に申し訳ありません。ですが、ご心配には及びませんよ。私は遠縁とはいえ、親族ですから」

「これは失礼した。心の狭い男だと思って、許して頂きたい」


嫉妬深い夫を演じるアルフレッドを、とても見ることができない。


「いえいえ。安心を致しました」


なんだ、上手くやっているではないかと、“親戚”が睨んできた。


「それではエミリア。しっかり務めを果たすように」


にっこり笑って言われ、ギリッと奥歯を噛み締める。


「……はい」


言ってくれる。
妃としても間者としても、役目を果たせと皮肉られているのだ。

男が去り、どうにか顔を上げる。


「……部屋に」


ほんの僅かな時間、視線が交錯した。
アルフレッドはすぐに背を向け、エミリアもそれに続く。

――これでいいのだ。

部屋に着くまでの短い距離。
それでも長らえたことに息を吐く。その反面、早く終わってほしいとも思うのだ。
間者として大して何もできていなくとも、ここまできたのは事実なのだから。

――もう、終わらせて。

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