翡翠の森
あの時、他にどうすればよかったのか。
レジーには未だに分からない。
飢えや渇きを満たすには、町に戻るほかなかったのだ。
『……お前はもしや、ジェマの息子か?』
その声に、ギクリと立ち竦む。
『……人違いだ』
『嘘を吐くな。それなら、隣の子は女。……妹だな』
咄嗟にジェイダを隠したのが、いけなかったのか。
こんなにも小さな妹を、“女”と呼ぶ。
まともな人間ではない。
『ジェマに娘がいたとは。忌々しい女だったが、雨は降った。……ならば、こいつも』
逃げなくては。
本能的に悟り、レジーは妹を抱え上げた。
両親から町を出た理由は知らされていなかったが、何となく何かあったのだと察していた。
単なる引っ越しなどではなく――追い出されたのだと。
『待て!! 』
雨は降った。
両親が死んだ後に。
そんなこと、この男にはどうだっていいのだ。
それどころか、こんな幼子さえ犠牲にしようとする。
『しっかり掴まってろ……! 』
絶対にさせるものか。
この子までいなくなっては、本当に一人ぼっちだ。
何より、親の死すら理解できていない妹を、奪われてたまるものか。
『あ……っ……!? 』
後ろを気にしながら走っていたからか、前から来た人にぶつかってしまう。
『ジェイダ! 』
転ぶ。
反射的に庇ったレジーの体が、悲鳴を上げた。
『祈り子の娘……いや、こいつ自体が祈り子となるか』
『……っ、触るな!! 』
何とか妹を取り返そうと手を伸ばすが、容赦なく男は蹴飛ばす。
『男のお前に、用はない』
ジェイダが泣いている。
ぽてぽてと後ろにくっついてきた、あの子が。
近頃は弟分と遊ぶのが楽しくて、面倒をみることも減っていたのに。
歳の割に語彙も少なくて、でも、へらっと笑うのが可愛くて。
『返せ!! 』
必死に這い上がるが、男たちは見向きもせず去っていく。
『やーっ!! 兄ちゃ……っ』
妹を連れて。
『ジェイダーっ!! 』