翡翠の森
・・・
ジェイダが、眠気に不要に抗っている頃。
「何て振られ方だ」
部屋を出たほんのすぐ先でアルフレッドに言われ、ロイも苦笑するしかなかった。
「彼女、面白いよね」
王子である自分に求婚されて、「嫌だ」の一言とは。
それどころか、あんなふうに飛び出して行くなんて。それも、
『ロイが望んでいないから』
そんな理由で、だ。
(……変わった子)
自分で言うのもなんだが、それなりに見栄えはいい。
優しそうに見えるし、何と言ってもこの身分。
あれほど瞬時にバッサリ断られるなど、思ってもみなかった。
「ま、お前も言ったようにゼロじゃない。案外、お似合いに見えるが」
「だったらいいけど」
のんびりした、普通の女の子だと思ったが、どうもそれだけではない。
(少し、気を許してくれたと思ったんだけどな)
警戒されないはずもなかったが、予想以上だ。
一番に目に入るドレスを押し退け、ジェイダがあの服を選んだのもその証拠だ。
監禁する気など毛頭ないし、それほど深い意味はなかったが、ちょっとだけ意地悪をしたかったのだ。
ジェイダが不満を言うことはなかったが、彼女はどこまで気がついたのだろう。
そう思うと、彼女に完敗したようで苛々する。
子供じみた悪戯が失敗しただけでなく、あろうことか、それを脱ぎ捨てて出て行こうとしたのだから。
「……ムカつく」
そんな言葉が内側からするりと出て、自分で驚いてしまう。
お前は、何に腹を立てている?
頭を悩ませるべきなのは、ジェイダ個人のことではない。
クルルからの使者――無理矢理連れて来たが――と、二国をどう変えていくかだ。
「クルルの乙女があの女で、よかったかもしれんな」
「どういうこと? 」
兄らしくない言い方に、意識を会話に戻す。
彼が女性を褒めるなんて、どういう風の吹き回しだ。
「つまりあの女にとって、お前が“ロイ”にしか見えんのだろう。だから、あんなふざけた真似ができる」
デレクは彼女の前で、自分を本名を呼んだ。
最初こそ不思議そうにしていたが、何かを察してくれたのだろう。
「お前をあの名で呼ばずにいられる者は、この国にはいない。私を含めてな」
「……それは仕方ないよ。兄さんが普段、あの名で呼ばないでいてくれるだけで感謝してる」
アルバート。
それが本来の名前であることは、どうすることもできない。