翡翠の森

「あの女がこの地を踏んだことで、場が動き始めた。どう転ぶかは、双方次第だ」


そうとも。
また始まった……いや、動き出したばかり。


「うん。結局のところ、皆の意思だ。上手くいって僕らが結婚したとしても、同じようにお互いがいがみ合っていたら何も変わらない」


それでも始めなくては。
誰かが行動しなくては、変化は望めない。
それとももう百年、また繰り返すのか。


「さて、クルルがどう出るか」

「そうだね」


うちのお偉方が発狂するのをどう抑えるか、という問題もあるが。


「……はぁ」


自室に戻り、勢いよくベッドに転がった。
何も考えずに身を投げ出した為、ポケットにいたマロが非難してくる。


「あ。ごめん、ごめん」


適当な謝罪が気に食わなかったのだろう。
怒ったように、ロイの胸で跳ねている。


「ちぇ。慰めるくらいしてよ」


本名で呼ぶな、などと言われて、デレクも困惑したことだろう。


(……子供っぽい)


あの頃と同じだ。
アルバートでいることを、今もなお受け入れることができない。


「……アルは一人でいい」


そう思いながら、アルバートであることをどこか捨て切れていない。
アルフレッドのことを『アル』と呼ぶ一方で、『兄さん』とも声をかけるのがいい例だ。
自ら拒否しながら、未練でもあるのか。


(……馬鹿馬鹿しい)


そんなものがあるものか。
現国王は、いずれ逝去する。
そうなれば、この国を治めるのはアルフレッドの他にいない。だが、その前に。


「僕がやらなくちゃいけないんだ。僕が」


アルフレッドが、祈り子とはいえ敵国の一般市民を后にすることは不可能だ。
自分でも無茶だとは思うが、この無理を通す為の布石は打ってきた。


「それにしても参ったなー。僕の魅力で一発だと思ったのに」


付き合ってられないとばかりに、マロが胸から退いた。
話しかけるな、ということだろう。

ほんのひととき、唇が触れただけで。
それどころか、手を繋いだだけでも頬を染めていた、初心な女の子。
いつの間にか再度彼女を思っていたことに、ロイは気がつかないふりをした。

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