翡翠の森
出発前に見た光景が、再び眼前に広がる。
前回と違うのは、彼らが自分と同じ国の人間で、ロイとは異なるというだけ。
「トスティータと戦が始まるというのは、本当なのですか……!? 」
「ああ……どこに逃げたら……」
人々が思い思いに怒鳴り、喚く。
その間も次々に人の数は増え、今にも溢れ返りそうだった。
早く収束させなければ、怪我人が出かねない。
「……ロイ様」
「……駄目だ。下がらせて」
デレクや他の兵が前に出るのを、ロイが制す。
いたずらに刺激してはいけない。
彼に何かあったら。
そんなことする人なんていない。
両方の気持ちがせめいでいる間に、ロイが口を開いていた。
「クルル国民の皆さんに、お伝えしたいことがあります――」
けして大声ではなかったが、瞬時に静かになる。
ロイの姿を見て、怯えているのだ。
「トスティータはクルルに向け、挙兵など考えていません。今日お邪魔したのは、断たれた国交を繋ぎ直す為です。有事の際、互いに助け合えるように」
彼の声は穏やかで、力強い。
澄んだ瞳はまっすぐなのに、返ってくるのは疑いのまなざし。
「そんなこと、信じられるか……! 」
「そうよ、敵の言葉なんて」
(……胸、痛い。この前より、ずっと)
こんな思いを、ロイもしたのか。
自分が責められるより、何倍も何十倍も痛むかのような。