翡翠の森
・・・
それから数日。
あの出来事が嘘のように――いや、あれをきっかけに、確かに変化は起きようとしていた。
「……アルバート」
「なに? 」
キャシディは否定していたが、彼らはすっかり仲良しだ。
「軽々しく、手を振ってうろちょろするな。お前のせいで、今では観光名所ではないか」
異国の王子様を一目見ようと、先日から通りがかる人が増えていた。
「そういう訳じゃないけど。せっかく来てくれるのに、しかめっ面しとくこともないじゃない? 」
まだ皆から話しかけることはないし、ロイから声をかけても逃げてしまうのだが。
(……でも、女の子ばっかりのような)
男二人に背を向けて、ジェイダは頬を膨らませる。
休憩がてらそんな話をしていたが、二人は今後の予定を調整しているようだ。
キャシディの戴冠後に、アルフレッドとの会談。
物資の受け渡し方法。
幸い、陸路はそれほど険しい道ではない。
何とか迅速に、実現できないものか。
《意気投合ってことか。なら、さっさとできなかったものかな? 男って謎だねえ》
時折意見を求められるものの、二人とも熱中していてこちらを見る気配もない。
「マロは? 」
オス……というより、男の子だと思って接していたが。
《ボクは可愛い森の大精霊だもの。人間のことなんか、さっぱりだよ》
マロはそう言うと、側にいたニールの肩に飛び乗り、彼を喜ばせていた。
《……大丈夫? 》
ニールをあやす様子をぼんやり見ていると、マロが言った。
《何だかすごく……寂しそうな顔してる》
びっくりして見つめると、マロもじっとこちらを見ていた。
「そんなんじゃないわ。ただ……ほっとしたのかしら」
寂しいなんて、あるわけない。
多分、ちょっとだけ気が緩んだのだ。
(だって、すごく嬉しいことだもの)
両親の願いが、ようやく形になりそうで。
きっと、本当はどこかにあった皆の希望が、目に見えてきたのに。
なのに。
(……悲しいなんて)
ジェイダはどうにか飲み下した。
今、もっとも相応しくない言葉だから。