翡翠の森
トスティータ前国王。
ロイの実の父親。
具合が悪く、アルフレッドが王位継承後も臥せったままだと聞いていた。
「できるだけ早く、発たなくては。ジェイダも悪いけど……」
何も謝ることなどない。
一刻も早く、駆けつけるべきだ。
「慌ただしくてすまない。お騒がせしたというのに、皆さんに黙って発つことになって」
「そんなことはいい。……お悔やみを申し上げる」
「ありがとう」
前国王は、クルルにあまり好意的ではなかった。
それ故、ロイは反発していたようだったが。
(考えてみたら、何も知らないんだわ)
「温かく迎えてくれたクルル国民とキャシディ王に、心からお礼を申し上げる」
周りが一斉にざわつき始める。
これまた歴史的な瞬間だったはずだが、ロイはさらりと言ってしまった。
「前向きすぎる気もするが……貴殿のお気持ちはありがたく頂戴しよう」
普段の軽口とは異なる、この二人の丁寧な受け答えは、先日の合意に等しい意味をもつ。
「さあ、早く行け。……何にせよ、お前はその場にいるべきだ」
「……ああ。ニールもごめん。また、遊びにくるよ」
泣きそうなニールの頭を撫で、ロイがこちらを見つめる。
ジェイダは頷いて、彼の手を握った。
「……ロイ」
来賓室を出ると、現れたレジーの姿に胸がチクリと痛む。
「レジー……」
何と言っていいか分からずに、ジェイダは彼らを眺めるしかできない。
「また、いつでも来い。俺も親父も……待ってるから」
がっしりと抱き合う兄弟に、胸がいっぱいだ。
(本当に……よかったね、ロイ)
友人に戻れて。
また、兄が増えて。
「ジェイダも。ロイに何かされたら、すぐ戻ってこい」
ニカッと笑い、わしわしと乱暴に頭を撫でてきた。
「それはないと思うけど……ありがとう、兄さん」
『残れ』とは言わず、黙って見送る兄の笑顔が苦しい。
ジェイダも何とか笑みを返し、おずおずと胸に頬を寄せた。
とても広く、安心する温かさだ。