翡翠の森
「ロイ」
外に出ると、ジェイダが弾かれたように走ってきた。
「お待たせ」
気を遣って、ずっとそこで待ってくれたのだろう。
「あの……」
指先が冷たい。
彼女はこの寒さに慣れてはいないのだ。
男の自分よりも、冷えが辛いのだと。
今更分かりきったことなのに、何故か切ない。
安心させたくて唇を寄せたのに、口づけてみて初めて気づく。
ロイの唇もまた、冷えていた。
「えっと……」
いつまで経っても離れない唇に、ジェイダは完全に固まっている。
「このくらい、慣れただろ」
笑ったつもりだったが、思いの外低い声が漏れてしまった。
案の定、ジェイダが挙動不審になる。
「え、その……慣れませんけど」
「そう? ……なら、早く慣れないとね」
冷たかった肌が、一気に熱を帯び始める。
(あたたかい)
手の甲を、指を。
啄む度に、彼女の体温が上昇する。
温めてあげるつもりが、こちらが温まりそうなくらい。
「平気、とは言わないけど。本当に大丈夫だよ」
心配してくれるのと同時に攻められて、どうやらついていけないらしい。
「無理してるんじゃなくて。いっそう意欲が沸いてきた」
ぽかんとしている彼女に笑うと、ロイは話を続けた。
ああして父を直視したのは、いつ以来だろうか。
今日が最後になることを、後悔していないとは言えないけれど。
「これからだ」
過去に戻ることはできないから。
父の望んだのもまた、平和な未来だったのなら。
道順や方法は違えど、辿り着くことはできるはずだ。
「……うん」
にこっと笑う恋人は愛しいが、せっかくの甘い雰囲気が消えてしまった。
(もうちょっと、味わいたかったのに)
まあ、次の機会でもいいかと、自分を納得させてみる。
自分を宥めるほかにないし、時間はたっぷりあるのだから。