翡翠の森

「……泣くと、僕はつけあがるよ」


これまで幾度となく想像してきた、彼との別れ、失恋。
その都度、何とか飲み下してきたのに。
こんな日に限って、上手くいかない。


「君も僕を好きだって。そんなに泣くほど、離れたくないんだって。……僕を待ってるって」


(そんなのダメ、なのに)


彼の立場を思えば、早く誰かと結ばれた方がいい。そう思うのに、言葉にならない。

それは唇を塞がれ、貪られているから。


(……違う)


――否定したくないから――


「僕を好きだと言って」


解放されたと思ったら、今度は耳元で囁かれる。


「じゃなきゃ、一歩も出さない」

「……っ、ん……」


返事を急かすくせに、彼はまた唇を塞いで。


「言ってよ。……早く」


呼吸を整えようとする度に催促して、その後すぐにまた奪われるのだ。


(……怖いよ)


それは彼に対する恐怖ではない。


(このままでいたくなるのが、怖い)


責めるような、乞うような熱に流されてしまえたら。
甘く痺れたまま、他に何も考えずにいられたら――……。


「……さよなら」

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