翡翠の森
「じゃあね」
クスクスという笑い声とともに、扉の向こう側からそう聞こえた。
「……っ、ロイ!! 」
迷ったのは少しだけ。
一歩分の靴音がした時点で、ジェイダは慌ててドアを開けた。
「ん? 」
自分から、バタンとドアを閉めたくせに。
それでもロイは嫌な顔をすることなく、立ち止まって振り向いてくれた。
「……昨日はごめんなさい。それから」
丸くなったアイスブルーの瞳が、少し怖い。
良くしてくれているのに、彼は彼なりに歩み寄ってくれているのに。
酷い態度をとって、こんなことを言われるのすら彼には驚きだなんて。
「ありがとう」
もっと、伝えよう。
もちろん、全部が全部受け入れられるのではない。
彼の考え方や行動は真意がどこにあるのか分からなくて、やっぱりどこか苛立つことも多い。
直球なようで曖昧にぼかされた気持ちは、とてもそのまま受け取る気にはならない。
だとしても――ううん、だからこそ。
「気に掛けてくれてありがとう、ロイ」
まじまじと唇を見つめられて、何だかもじもじしてしまう。
聞こえなかったはずはないが、そんなに意外だっただろうか。
だとしたら、顔には出さなくても余程印象が悪いのかも。
「……ロイ?」
「……君は、そんなこと言う必要ないんだよ」
不安でもう一度彼を呼ぶと、ややあってロイは首を振った。
「僕にできることなら、何だってする。君の為なら、僕にできないことはないと……本当はそう言いたいんだ。なのに僕は、比べなくてはいけないから」
髪を撫でられて、やっと後悔する。
こんなことなら、もう少し早く起きて綺麗にしておけばよかった。
そんなことが頭の中を占めるのだから、ロイもそう苦しむことはないのに。
「それは仕方な……」
「あーあ。可愛いこと言われたら、サボりたくなる」
「それくらいにしておけ。見るに堪えん」
意図的に遮った声に、更に被さる。
痺れを切らしたアルフレッドが、さも嫌そうに止めに入った。
「アルがうるさいから行くよ。あんまり見せつけたら、可哀想だし」
言葉とは裏腹に、その目はとても真っ直ぐで。
撫でたばかりの髪を今度は指に絡めると、その一房に唇を寄せた。
「え……あ、の、ロ」
唇が離れても、もう音はしなかった。
まだ指に残ったままの硬い髪をじっと見つめ、もう片方の手でどうにか解くと、ふと笑って今度は彼の方から扉を閉めた。