翡翠の森

「マクライナーを前にした、王子の下手な芝居か。それとも」


――単なる、ロイという男の劣情か。


「下品な言い方、やめてよ」


平静を装い抗議したが、実のところドキリとしていた。


「どっちだ? 」


そんな内心を知ってか、アルフレッドは面白がって覗き込んでくる。


「暇なら考えておけ。そのうち、答えが必要になるかもしれん」

「何にさ」


そんな下らないことを、国の一大事と一緒にされては困る。
世間ではアルフレッドの方が実直だと思われているのが、今だけは不愉快だ。


「それから、あちこち突っかかるな。そんなに短気な男が私の補佐など、先が思いやられる」


ロイの肩にぽんと手を置くと、兄は不敵な笑みを浮かべて歩を進めた。
残されたロイは、当然釈然としない。


(暇なんて、ある訳ないじゃないか)


悪態を吐きつつ、つい思考を辿ってしまう。


『ごめんなさい』『ありがとう』


愛の告白をするかのように、頬を染めて言ってくれた。
言ったとおり、彼女がそんなことを言う必要はないのに。
本心だが、その後すぐに違う思考が生まれていた。

――可愛い。

小さめだがぽってりとした唇は、見るからに柔らかそうだった。
恥ずかしそうに、ちょっとだけまだ怖がりながら伝えてくれるのを見て、嬉しいと思いながらも、またムクムクと何かまったく別のものまで込み上げてきてしまう。
やましさを感じる間もなく、ぽんと浮かんだそれは。


(……思っちゃったもんな。キスしたいって)


そんなことはおくびにも出さず会話を続けたつもりだが、もしもあのまま奪っていたら、ジェイダはどうしただろう。


(考えるまでもなく、ビンタだろうなあ)


そう思うのに、何故だか自分の唇を撫でてしまう。
それに気づくと、ロイは自嘲気味に笑い、歩き出した。


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