翡翠の森
ロイの背中が遠い。
元々近くはなかったのに、どんどん離れていってしまう。
「雨乞いですか。さすがは祈り子だ」
落胆するジェイダを、その声が更に追い討ちをかける。
確か、キースと言ったか。
ジェイダのことを嫌っているだろうに、にこにこと話しかけて来た。
「……行くぞ」
アルフレッドに乱暴に腕を取られ、追いつけずによろめいてしまう。
「お礼を言わせて下さい。貴女のおかげで、いい交渉ができた」
だが、その目はまるで笑っていない。
「十日以内に雨が降れば、何も問題はない。万一雨が降らずとも……」
(なんて……恐ろしい笑い方)
「やはり、問題はない」
その笑顔は美しいのに、いや、美しいからか吐き気がする。
「貴女にもしものことがあれば、当然ロイ様の怒りはキャシディ王子……延いてはクルルへと向く。そうなれば、お考えも変わるでしょう」
この男は人を何だと思っているのだ。
そこに住む人達を、それを良くしようと思うロイの心を、一体何だと思っているのだ。
「……口を閉じろ、マクライナー。不愉快だ」
「失礼を。ですが、これも国を思えばのこと」
「ならば、尚更口を閉じていろ」
兄のアルフレッドも、同じ思いに決まっている。
汚らわしいものを見るかの如く一瞥すると、再度ジェイダの腕を力強く引っ張った。
部屋を出ると、ジンが顔面蒼白で控えていた。
彼女を従えて、アルフレッドに半ば引きずられながら歩く。
ロイとは異なる大きな歩幅が、ジェイダの胸をざわつかせた。
(ロイは気遣ってくれてたんだ)
ドレスや豪華な部屋のことではない。
彼はジェイダ自身を丁寧に、優しく扱ってくれた。
「……あいつは、お前が来るのを楽しみにしていた」
やっと腕を離され、アルフレッドがぽつりと思い出すように言った。
『ねえ、アル。クルルの乙女は、どっちが好きかな。こっちのシンプルなの? それともやっぱり、こういうフリルがついたのがいいかな』
両手のドレスを掲げて見せるが、アルフレッドの目には大きな差があるようには見えない。
『……知るか。お前、変な期待をしていないか。どんな醜女とも分からんぞ』
『ひどっ! でも、確かにね。どんな子かなあって、楽しみにしちゃうんだよ。……酷いよね』
『別に、いいんじゃないか』
悲しげに首を振って、ドレスをそっと置いた。
『……だめだよ。彼女を危険に晒すかもしれない。少なくとも今は平穏に過ごしているのに、一生を台無しにしてしまうかもしれない』
『そうならないよう、その為の計画だろう』
ベッドに腰掛けると、ロイは用意しておいたテディベアを撫で、苦笑する。
『だね。でも、きっと……可愛くて、いい子だよ』