翡翠の森
賭け2
・・・
長い廊下を、ロイは踏みつけるように歩いた。
運悪く居合わせた者達が、パッと脇に寄り頭を下げた。
それほど険しい顔をしているだろうか。
それとも、深く下げた視線の先で失笑しているのか。
だとしても、その高慢に見える歩き方をやめるわけにはいかない。
自分の住処に戻るまでは、ご機嫌ななめの王子でいなくてはならないのだ。
小さな男だと、自らを嘲りながらも。
「……何かありましたら、お申しつけ下さい」
「ああ」
だが、デレクにはお見通しだ。
彼の口癖を真似るならば、今のロイはただの小さな若君だった。
実の父以上に父親だと思っている彼に、そんな言い方をしてすぐに後悔するようなところも。
《……怒ってる? 》
自室に入り、すぐさま窮屈な服を引きちぎるかのように緩ませていると、マロが言った。
「怒ってるかって? あの子の命を、元手にしたんだぞ。楽しそうに見えるか? 」
そんな下らないことを、わざわざ尋ねるマロに腹が立つ。
可愛い子リスを気取っている、この存在が嫌だった。
一度始めてしまえば、怒りは止まることができない。
知っているくせに。
「よりにもよって、キャシディ相手に……! ジェイダを、何の価値もないチップに使ったんだぞ」
裏切り者扱いだけではない。
あの二国でしか使えない、賭けの道具。
キャシディの言うように、国としてみればトスティータには何の痛みもない。
だからこそ、最低な行為。
内気なくせに、やることはぶっ飛んでいる。
けれど憎めない、普通の可愛い町娘を。
(……ジェイダ)
カジノチップみたいに、キャシディの前にぽんと置いてしまった。
「何を考えている……!? 可能な限り、彼女を危険から遠ざける。そう言ったじゃないか! 」
彼女を連れてきたのは、保護も兼ねていたはずだった。
もちろん、こちらの都合で動いたのだが、祈り子の仕事はけして易しいものではない。
日差しに慣れないトスティータの人間からすれば、陽を浴びながら祈り続けるなど、自殺行為だ。
如何にクルルの民に耐性があるとしても、無茶なのだ。