翡翠の森
《……雨は降るよ》
「……そうやって、ジェイダをそそのかしたのか」
見るからに、ジェイダの様子はおかしかった。
当たり前だろう。
目の前で、リスが喋ったのだから。
《ボクのこと、信じられないの? 悲しいなあ》
激怒しているロイを面白がっているのか、愛くるしい黒目をくるくるさせて、マロは更に怒りを誘う言い方をする。
「そうじゃない。……彼女を供物用の台に載せ、あんな男の前に差し出した。それが許せない。たとえ、すぐに戻せるとしても」
『ありがとう』
そう言ってくれたばかりのジェイダを。
《何度も言うようだけど、雨は降るよ》
「なら、さっさと降らせろ」
《あのねえ。ボクは神様じゃない。ただの、可愛い森の精霊だ。ま、外れはしないけどね》
余程自信があるのだろう。
彼も、ジェイダを殺したい訳ではない。
分かっていても、その暢気な姿はロイの不安を煽るばかりだ。
《でも、ジェイダには怖い思いをさせてる。それは本当に、申し訳なく思ってるんだ》
だったらなぜ、ジェイダに言わせた。
見た目だけは小動物の不思議な存在に、今は殺意さえ覚えてしまう。
それが可能か分からないし、マロは少しも堪えないようだが。
《不安だろうな、こんな時に一人ぼっちで。心細い時に側にもいてくれないなんて、彼女の王子様は一体何やっているんだろ》
それどころか、そうチクリとつついてくる。
《せっかく、ジェイダの方から手を伸ばしてきたのに。それを振り払って、逃げてきちゃうなんて》
「……振り払ってなんか」
《だったら、拒んだ後の彼女を思い出してみなよ。それでなくても、怖くて混乱してたんだよ。大体ね、何でジェイダがボクを信じる気になったと思う? 》
会談が始まる前から、ガチガチに緊張していたジェイダ。
そんな彼女が、声高々に宣言したのは驚いた。
でも、その後のジェイダは、心許なさそうに、こちらを見ていなかったか。
《ロイが心配だって、ジェイダは言ったんだ》
「……え? 」
《クルルの為にとか、トスティータを助けてなんて、ボクは一言も言ってない。ただ、ロイが心配かって尋ねたんだ。そしたら》
『ロイが心配よ』
《だったら、どうしたらいいの、って顔でボクを見てた。もちろんジェイダだって、事の深刻さは理解してる。でも、ジェイダを動かしたのは、キミへの想いからだっていうのに》
いつからか怒られる側にいたことなど、ロイは全く気にも留めていなかった。
《そんなに心配してた王子様は、小動物に怒鳴り散らすほどご乱心だ。今頃、一人で泣いてるのかなあ……。ああ、可哀想なジェイダ》
チクチクと良心を刺してくるマロに背を向けると、再び外へと足を踏み出した。
《どこに行くの? 》
必要もないだろうに、わざと尋ねる憎たらしい精霊に笑う。
「お姫様のところに、決まってるだろ」
青い目に映るのは、ただの子リスだ。
何と滑稽な画だろうか。
成人を控えた男が、言われた通り小動物相手に怒鳴り、笑っているとは。
これが見つかれば、頭がおかしくなったと大騒ぎだ。
(構わないさ。国を治めるのは、僕じゃない)
無責任な第二王子が、今更どう堕ちようが問題ではない。
(アルがいる。全て終われば、それで十分だ)
「……そうやって、ジェイダをそそのかしたのか」
見るからに、ジェイダの様子はおかしかった。
当たり前だろう。
目の前で、リスが喋ったのだから。
《ボクのこと、信じられないの? 悲しいなあ》
激怒しているロイを面白がっているのか、愛くるしい黒目をくるくるさせて、マロは更に怒りを誘う言い方をする。
「そうじゃない。……彼女を供物用の台に載せ、あんな男の前に差し出した。それが許せない。たとえ、すぐに戻せるとしても」
『ありがとう』
そう言ってくれたばかりのジェイダを。
《何度も言うようだけど、雨は降るよ》
「なら、さっさと降らせろ」
《あのねえ。ボクは神様じゃない。ただの、可愛い森の精霊だ。ま、外れはしないけどね》
余程自信があるのだろう。
彼も、ジェイダを殺したい訳ではない。
分かっていても、その暢気な姿はロイの不安を煽るばかりだ。
《でも、ジェイダには怖い思いをさせてる。それは本当に、申し訳なく思ってるんだ》
だったらなぜ、ジェイダに言わせた。
見た目だけは小動物の不思議な存在に、今は殺意さえ覚えてしまう。
それが可能か分からないし、マロは少しも堪えないようだが。
《不安だろうな、こんな時に一人ぼっちで。心細い時に側にもいてくれないなんて、彼女の王子様は一体何やっているんだろ》
それどころか、そうチクリとつついてくる。
《せっかく、ジェイダの方から手を伸ばしてきたのに。それを振り払って、逃げてきちゃうなんて》
「……振り払ってなんか」
《だったら、拒んだ後の彼女を思い出してみなよ。それでなくても、怖くて混乱してたんだよ。大体ね、何でジェイダがボクを信じる気になったと思う? 》
会談が始まる前から、ガチガチに緊張していたジェイダ。
そんな彼女が、声高々に宣言したのは驚いた。
でも、その後のジェイダは、心許なさそうに、こちらを見ていなかったか。
《ロイが心配だって、ジェイダは言ったんだ》
「……え? 」
《クルルの為にとか、トスティータを助けてなんて、ボクは一言も言ってない。ただ、ロイが心配かって尋ねたんだ。そしたら》
『ロイが心配よ』
《だったら、どうしたらいいの、って顔でボクを見てた。もちろんジェイダだって、事の深刻さは理解してる。でも、ジェイダを動かしたのは、キミへの想いからだっていうのに》
いつからか怒られる側にいたことなど、ロイは全く気にも留めていなかった。
《そんなに心配してた王子様は、小動物に怒鳴り散らすほどご乱心だ。今頃、一人で泣いてるのかなあ……。ああ、可哀想なジェイダ》
チクチクと良心を刺してくるマロに背を向けると、再び外へと足を踏み出した。
《どこに行くの? 》
必要もないだろうに、わざと尋ねる憎たらしい精霊に笑う。
「お姫様のところに、決まってるだろ」
青い目に映るのは、ただの子リスだ。
何と滑稽な画だろうか。
成人を控えた男が、言われた通り小動物相手に怒鳴り、笑っているとは。
これが見つかれば、頭がおかしくなったと大騒ぎだ。
(構わないさ。国を治めるのは、僕じゃない)
無責任な第二王子が、今更どう堕ちようが問題ではない。
(アルがいる。全て終われば、それで十分だ)