翡翠の森
驚きのあまり、差し出された手を凝視するしかできない。
“クルルの乙女”――そう呼んだからには、祈り子に選ばれたことを知っているのだ。
(何かに、利用しようとしているのかも)
「何が“僕はロイ”、だ。何の自己紹介にもなってない」
そう警戒し始めた時、木陰から男がもう一人現れた。
「兄さん」
ロイと名乗る彼の兄もまた、トスティータらしい容姿だ。
伸びた金髪を、無造作にひとつに縛っている。
ロイよりも大柄で、青い目からは感情が読み取れない。
弟とは違い、ジェイダと余計なお喋りをする気はないらしかった。
「私はアルフレッド・クリーク。知っているかもしれんが、トスティータの王位継承権をもつ者だ。……悪いが、来てもらおう」
さらりと述べると、呆気に取られる暇もなく、強引にジェイダの手を引いた。
「ちょっと待って。それじゃクルルの乙女だって、何が何だかだよ」
「なぜ。用件を簡潔に伝えるべきだろう。詳しい話は、道中でいい。お前だって、こいつに拒否権を与えるつもりはないはずだぞ」
そう言われ、困ったようにロイが頭を掻いた。
「それはそうだけど。いきなり、“我々は敵国の王子だ。ついてこい”、じゃさ。ごめんね、クルルの乙女」
要するに。
にわかに信じがたいが、彼らはトスティータの第一、第二王子。
理由は不明だが、祈り子に選ばれたジェイダを捕らえに来た。
何となく、事態は飲み込めたが。
「……私はジェイダよ。王子様達」
さっきから聞いていれば、乙女、乙女と。
他意はないのだろうが、不愉快だ。
「名前など訊いてない。私達は、クルルの乙女に用が……
「ごめん、ジェイダ。嫌な思いをさせるつもりはなかったんだ」
兄を遮って、ロイが謝ってくれる。
ほんの少し罪悪感が芽生えたが、それでも嫌なものは嫌だった。
好きで選ばれたのではない。
そもそも、こんな役目があること自体、女性を馬鹿にしていると思う。
それに男二人に乙女と連呼されるのは、それこそ乙女にとっては抵抗がありすぎるし。