翡翠の森
「僕だけど。ジェイダは、ちゃんと服を着てる? 」
「ロイ様」
ジンが迎え入れると、わざとらしくジェイダを一瞥した。
「ああ、よかった。着ているね。残念がるところかな? 」
「……しつこいな」
ムッとすると、からからと笑う。
(昨日のは、何だったんだろう)
嘘の笑顔を浮かべるくらいなら、怒ってほしいと思った。
憤怒にしろ、嫌悪にしろ、それが彼の胸の内なら、聞かせてほしいと。
本心であるし、今も変わりはない。
けれども、あの時ここにいたのは男、だった。
『君は知らないみたいだけど、僕、ちゃんと男だからね』
当たり前だ。
誰が見ても、ロイは若い男性である。
もちろん、ジェイダの目にも。
(でも……どうして)
その腕で、抱いたりしたのだろう。
この唇を撫でたのは、何か思うところがあってのことだろうか。
「ん? 」
それから、あの賭けも。
『雨が降らなかったら、キスさせて』
実のところ、キスしたいのかしたくないのか、よく分からない賭けだ。
雨は降るのだし、ロイにとっても降らないと困る。
ならば、降らない方に賭けるのはおかしな話だ。
したくないのなら、言い出した理由はもっと謎だが。
雨が降らない。
それは、ジェイダには死の宣告に等しい。
それなら――。
最期に見るのは、ロイがいい。
少なくとも、キャシディやキースよりは、ずっと。
(……だから、雨は降るのよ)
もう何度目か、ジェイダは自分に言い聞かせた。
「で、どうかしたの? 何か騒がしかったけど」
頭を振って、必死に振り払おうとしているジェイダに首を傾げながら、ロイが言った。
「それが、出かけると仰って」
「ああ。ずっと籠りきりだもんね」
「問題は、私を供に付けるのを嫌がられることです」
唇を尖らせて非難され、目を逸らした。
「ふうん。いいよ、僕がエスコートすればいいだけだ。と言っても、城下には出してあげられないから、庭を見てまわるくらいになるけど構わない? 」
単なる思いつきが、少々話が大きくなってしまった。
もはや、ダイエットの為などと言い出せない。
「で、でも。そんなことに、ロイの手を煩わせるなんて」
「君、変なところで引っ込むよね。好きな子に庭を案内するくらい、自然なことだよ」
王子がクルルの乙女の気を惹こうと、城内を案内がてらデートしても、何もおかしくない。
「……ロイのそういう言い方は、嫌」
「……そっか。何でかな。僕はジェイダのこと、気に入ってるのに」
そう思っていないのが、伝わるからだ。