翡翠の森
「大体ね。言っちゃなんだけど、女を喰らうような真似をする神なんか、いるものか。もしいたとして、人々を助けてくれる訳ないだろ」
《ボクを前にして、そう言うロイの信仰心はよーく分かった。ただ、言えるのは……仮に世界を作ったのが、誰かの心にいる神だとしても。この二国を築いてきたのは、キミ達の先祖……人間だってこと》
暴言を吐くロイをチラッと見たが、マロは宥めるどころか否定もしない。
「どういうこと? 」
《むかーし、むかし。トスティータとクルルは、ひとつの大国でした。……って、知ってる? 》
曖昧に頷きながら、ロイを見る。
怒気を静める為か、この話が嫌なのか。
彼はふっと息を吐いた。
ほんの僅かに、それがジェイダの髪を揺らす。
ただそれだけのことなのに、動揺を隠せない。
うなじをくすぐったのは、自分の髪だというのに。
《おーい。ボク、大事な話をしてるんだよ。王子様との逢い引きは、また今度にしてね》
マロの一言に、びっくりしてロイを見る。
けれども彼は、不思議そうに見つめ返してきた。
どうやら、マロはジェイダだけに話しかけたらしい。
無言で抗議したが、マロは気づかないふりを決め込んでいた。
《これは、どっちの国でもタブーな話かな? 人種なんて考えもせず、皆楽しく過ごしていた時代は、渇いて雨を求めたり、凍えて暖を欲しがったりせずに済んでいたことも》
驚いて、膝に乗っている子リスをただ見つめた。
《言い換えれば、仲違いをして、二つの国に分かれ……それでも飽きたらず、争うようになってから、干ばつや寒波に襲われるようになった》
大昔は一つの国だったことは、ジェイダも知っていた。
敵同士である現代では、表立って習うことはないけれど。
子供たちは、こっそり大人から教えられてきたのだ。
だが、世紀に一度の大干ばつが、その時代にはなかったなんて。
《もちろん、どの国だって、災害は起こりうる。誰が悪い訳でもない。辛いけれど、それは事実だ。でもね、キミらの国は違うんだよ。どうして、分かってくれないんだろう》
人を食ったような態度だったマロが、堰を切ったように話し始めた。