翡翠の森
「……ねえ」
その呼び掛けは、顔を上げろと言っているのか。
無理だ。
無視していると、突然視界が開ける。
顔を隠していた髪を、ロイが強引に掻き上げたたのだ。
(……っ……! )
息を呑むと同時に、かあっと頬が熱くなる。
絶対に気づいた。
彼は満足げに目を細めると、そっと髪を耳に掛けてくる。
――もう、落ちてくるなというように。
「本当に、優しい王子様にはドキドキしない? ……本当に、少しも? 」
訊かれて、うっと言葉に詰まる。
“苦手”とは言ったが、“ドキドキしない”とは言ってはいない。そしてそれは、同義ではないだろう。
もしかしたら、ドキドキするから苦手なのかも。――だとしても。
「……優しい王子様の気遣いより、ロイの本当の気持ちの方が、ずっとほしい」
つっけんどんに出たのは、照れ隠しどころか、なぜかより羞恥を煽るものであった。
どうやら、あのロイも反応できないらしい。
ジェイダが誰より恥ずかしいのだが、ここまできたら、全て伝えきるしかない。
今、伝えられる限りを。
「あの森で、最初に出会ったのがアルフレッドだったら。もしかしたら、本当に無理矢理拐う羽目になっていたかもしれないわ。……ついて行ったのは、ロイだったからかも」
早口で言い終わると、話を切り上げるように立ち上がった。
「行こっ……ロイが風邪引いたら、大変だもの」
今にも駆け出しそうなジェイダに吹くと、ロイがまた手を握る。
「それはいいけど。一人で帰れるの? 」
お城とは、たいてい複雑な造りになっているものである。
そうでなくても、ジェイダは意地悪な王子様の優しさに気をとられ、道順などまるで覚えていなかった。
「仕方ないな」
普段の会話に戻ったことに安堵していると、
「……ありがとう」
そう、いっそう甘く囁かれてしまった。
体が熱をもつのは、なぜだろう。
分かりきった原因を探るふりをして、繋いだ手に意識を集中させた。