翡翠の森
今は見えずとも、将来助かる命があるなら。
今は醜く歪んだ表情しか映らなくても、いずれ、二国の民が手を取り合う未来があるなら。
(……この男はムカつくけど。言った通り、軽い頭を下げるくらい何だ)
国として男として、兄に下げさせるなど絶対に許せない。
その為になるなら、さして躊躇うこともないのだ。
「お願いします。トスティータの王子にここまで言わせておいて、反故にするなど……あのキャシディ様がなさるはずもありませんし」
(僕の裾を握ったかと思えば。……何てことを言ってくれるんだ)
てっきり、怖いから触れてくるのだと思った。
なのにそれどころか、平然と皮肉ったのである。
ロイにそんな真似をさせない。
恐らく、ただそんなことの為に。
(まったく、もう。やってくれる)
「……小娘が」
何の位もない町娘に、カチンときたのか。
声音を変えて蔑む男に、ロイは眉を上げた。
(乙女だ、祈り子だと呼びながら、そんな態度をとるのか。命まで賭けさせておいて)
「んんっ……、少々悪ふざけが過ぎたと、キャシディ王子も反省しておられます。謝罪も兼ねて、トスティータ国王と謁見が叶えばと思っておりましたが……お忙しいようですな」
咳払いをし、逆に揺さぶりをかけてきた。
「それは申し訳ない。未熟者が相手で大変恐縮だが。大切な使者殿を、誠心誠意お迎えしていたつもりだったのだが」
「あ、いや」
大人しかった第一王子に含みをもたせて言われ、再び喉を鳴らすと男は続けた。
「ともかく、無事に雨が降れば、これもお導き。時間をかけても、溝を埋めていこうと」
「是非とも、そう願いたいね」
一体どこに、祈り子の真偽が関係してくるのか。ロイには全く理解できない。
けれども、男の言う小娘に、ここまでさせているのだ。
成果なしでは終われないし、何より彼女を守りたい。
それもまた矛盾していると、誰かに言われようとも。