翡翠の森
・・・
「はぁ……」
使者の背中が見えなくなると、一気にへなへなと崩れ落ちそうになる。
「お疲れ様。君は肝が据わってるというか。男前だね、ジェイダ」
「……嬉しくない」
口ではそう言いながらも、少しほっとした。
彼の裾を掴んでどうにか立っていたなんて、知られたくはないから。
それでも、どうしても嫌だったのだ。
謂われなきことで、彼が頭を下げるのなんか見たくない。
「お二人は、とても運命的な恋をなされたのですね。出会って間もないというのに」
表面上は喜ぶかのような言葉だが、場が一瞬にして凍りついてしまうような声が響く。
「……キース」
反射的にピンと伸びた背を、安心させるようにロイが撫でてくれた。
「まさに運命的な恋、だね。でもさ、あんまり彼女をからかわないで。すごくシャイなんだ」
軽い口調とは対照的に、ロイが冷たい微笑を一蹴する。
本当に凍ってしまったかもしれないと思うほど冷たくなった手も、こうして包まれると溶けていきそう。
「それはともかくとして。困りましたね。陛下を出せ、とは無礼極まりないですが…限界なのも事実でしょう」
ロイの視線を流し、キースは何事もなかったかのように話を変えた。
「考えておこう。……ロイ」
「ああ」
用は済んだと切り上げる兄を追い、繋いだままの手を引かれる。
「ごめん」
だが、固まった体が溶けきるには早く。
急に引っ張られ、つんのめりそうになってしまった。
まるで思いやることもなく、歩を進める兄を先に行かせると、ロイはジェイダに合わせて歩き出した。
「ジェイダ」
部屋に戻ると、ジンがほっと息を吐いた。
「ごめんなさい、遅くなって」
「いいえ」
ぎゅっと抱きついてきたが、ジェイダの後ろに兄弟の姿を認めると、ジンはすぐに態度を改めた。
「……限界、か」
「……どう見る」
先程の、キースの言葉だ。
席を外した方がいいのだろうか。
いや、と言うよりも、何故この部屋で話し始めるのか。
「……即位すべきだ」
ジェイダが腰を浮かしかけた時、ロイが言った。
「キースと同意見なのが気持ち悪いけど、僕もそう思う。……第二王子としては、そう進言せざるを得ない」
口を挟むべきではない。
そもそも、異国人の町娘などに何が言えるだろう。
彼らの苦しみは、きっと彼らにしか分からないのだ。
「……ごめん」
「何を謝る? 」
国を思うなら、当然のことだ。
いつまでも隠し通せるものでもないし、隠すべきでもない。
実質、国王がいない現状は好ましくないし、キースの力がつきすぎるのも困る。