翡翠の森
戦う理由
・・・
『……っ……』
逃げる少年の首根っこを、男の手が簡単に捕まえた。
『何も、逃げることないじゃないか』
『離せ……!! 』
彼は必死にもがいてみるが、大人の男に敵うはずもない。
『……私をどうするつもりだ。殺すか、誘拐するのか』
それを悟ったらしく、少年は唸った。
『なるほど? つまり君は、なかなかのお坊っちゃんらしい。大人に会っただけで、誘拐を心配するような。おまけに、こんなちびっこが、“私”ときたもんだ』
失言を認める代わりに、少年はぐっと奥歯を噛む。だが、男はにっこり笑うだけだ。
『……どうするつもりもないよ。せっかく来たんだ。少し、ゆっくりしていけばいい。見てごらん』
木々を仰ぐ彼につられ、少年も思わず上を向いた。
『ちょっと、僕に付き合ってくれないか? ここでは、誰も争ってはいけない。みんな、仲良くしている』
鳥がさえずっている。
驚かせてしまったのか、程なく皆飛び立ってしまった。
『僕はロドニー。君は? 』
名を尋ねられ、少年は口ごもる。
『……ない』
『え? 』
『……名前なんか、ない』