翡翠の森
『……わあ……』
そこは美しかった。
深い緑は生い茂り、風に揺れて僅かに音を立てている。
いや、もしかしたら、動物が隠れているのだろうか。
腰を下ろして太い幹に寄りかかれば、驚くほど安心する。
歩き疲れたことなど、すっかり忘れてしまうくらいに。
程よい光に、緑の匂い。
閉ざされた城では感じることのない、安らぎ。
おかげで孤独すら、和らいでいくようだ。
「あ……」
カサリ。
人の声と、落ち葉を踏む音にぎょっとして振り返る。
そこには見慣れない容貌の男が一人、立ちつくしていた。
どういうことだ。
ここは、禁断の森ではなかったのか。
他に人がいるなんて、思ってもみなかった。
それに何よりも、あれは――。
(……クルルの)
乱暴で、恐ろしい。
そう教わる子供は多いが、アルバートは少し違う。王子であるが故に、より酷い内容だった。
元々ひとつだったトスティータを、彼らが無理矢理半分奪ったのだ。
先の大戦では、奴らのせいで多くの犠牲が生じたのだと。
(逃げないと……!! )
金髪で、青い瞳の子。
それどころか王子だと分かれば、どう使われるか分かったものではない。
慌てて起き上がると、アルバートは一目散に逃げ出した。
「待って……! 」
だが、相手も追いかけてくる。
捕まれば、クルルに連れ去られてしまうかもしれない。
王子だと判明すれば、交渉の道具となるのか。
(民に迷惑がかかる)
いや、正直に言おう。
それよりも、こんな時だけ価値のある自分が、嫌で嫌で仕方なかった。
「あ……!! 」
必死に逃げ回ったが、大人の足にすぐ追いつかれてしまった。
「何で逃げるんだ。つい、追いかけちゃたよ」
間延びした声は、ちっとも恐くない。
それに捕まえておきながら、どうするつもりもないのだという。
(油断させようとしているのかも)
子供相手に必要もないのだろうが、アルバートは信用してはいなかった。
それでも、興味が沸いた。
すぐに立ち去った方がいいのは分かっていたが、反抗心が勝ったのだ。