翡翠の森
「え……」
クルルに雨が降った。
それはつまり、キャシディとの賭けに勝ったのだ。
ガクガクと膝が笑う。
(これで一歩進める)
もちろん、そう思ったのだ。
だが、震えは止まらない。
一番に感じてしまうのは、生への安堵。
「大丈夫。……君ひとり、誰のもとにも送ったりしない」
「ロイ……!? 」
一度だけ低く呟くと、彼はいつものトーンに戻してきた。
「僕の身を心配してくれるなら、自分を大事にしてね。……僕だって、あんな思いはもう嫌だ」
ずっと、そんなことを考えていてくれたのか。
もしも雨が降らなければ、一緒に供え物になろうなどと。
「……ごめんなさい」
ロイの立場では、けして許されない。
それでも、あれほど激昂していた裏で、そんな想いでいてくれていたなんて。
「もうひとつの賭けは、先延ばしになったけど。またの機会にとっておくよ。……よかった、ジェイダ」
キス。
雨は降ったのだから、その賭けは負け。
延期になるのは変だ。
それなのに何も言わないジェイダにクスッと笑うと、ロイはそっと手を引くのだった。
手を引かれた先を見ると、驚いたことにアルフレッドが一人、黙々と食事をしていた。
「先に食ってるぞ。お前らを待っていたら、いつになるか分からん」
全く気がつかなかったが、いつの間に入ってきたのだろうか。
(ロイにしがみついていたからかな)
初めて会った時は細身の王子様だと思ったが、そこはやはり、年相応の男性である。
ロイも感極まっていたのか、抱きしめる力も強かった。
そもそも、あんなに密着していたら、自分の心臓の音しか聞こえないではないか。
「ああ、それはいいけど。盛り上がっちゃった僕らが悪いしね。でも、わざわざここで食事をとりたいなんて、アルも可愛いじゃない」
丁度赤くなっていたジェイダの考えを読んだのか、または、単なるアルフレッドへの当てつけか。
ロイはジェイダを見つめながら、兄に話しかけるのだった。