翡翠の森
「あそこでは、口にする前に全てが冷める。とは言え、危ないものを食う訳にもいかない。その点ここは、どちらも満たせるまでだ」
王となっては、今まで以上にその身に気を配らねばならない。
毒見が重ねられ、遠いテーブルの先にいる彼の前に届くには、作ってからの時間が経ちすぎている。
おまけにこの寒さでは、ぬるいではなく冷たいに限りなく近いのだ。
何より、こうして弟と冗談を言いながら食べる方が、何倍も美味しいに決まっている。
「だったら、いつもここで食べたら? 」
ジェイダとしても、いつまでも自分の為に準備をしてもらうのは心苦しい。
毒見役が必要なら、先に自分が食べてもいいし。
「……だめだよ。王様が毎回、君の部屋で食事なんて。また、変な噂が立つじゃないか」
ムッとするロイを不思議がりながらも、それもそうかと思い直す。
第二王子が口説いている祈り子を、今度は兄である王が訪ねるなど、何とも面白いネタになりそうだ。
「ふ。せっかくの申し出だからな。私は構わないが……今後はそうもいくまい」
面食らっていたアルフレッドだったが、チラリと弟を見てニヤリと笑う。
「……決まったの?」
反対に、ロイは表情を引き締める。
何のことだか追いついていけなかったが、アルフレッドはすぐに答えを口にした。
「ああ。王妃がな」
トスティータ王妃。
アルフレッドの妻になるのは、一体どんな女性なのだろう。
アルフレッドが何人もの妾をもつとは思えないが、そこは王の務めとして上手くやれるものなのか。
「……いい人? 」
毎度愚かな質問をしてしまうのが、申し訳ない。
分かってはいても、尋ねずにはいられないのだ。
「くくっ。さあ、それは分からんが。私なりに洗ってみたつもりだ」
――素敵なお姫様だったら。
そう願ったのだから。
だが、アルフレッドには伝わらなかったのだろう。忍び笑いが返ってきた。
「おかしな素振りを見せたら、教えてくれ。ジェイダも、あまり信用しすぎるな」
「……うん」
(なんて、悲しいんだろう)
妻となる人を、まず疑ってかからないといけないとは。
「今は何もなくとも、この先息がかかることもある。たとえ善人でも、一度惑わされれば抜け出すことは難しい」
それは正しいのだ。
ジェイダだって自分の家に戻れば、毎晩眠っていたベッドを硬いと感じてしまうのだろう。
「……名前は」
ロイはどうする?
いたずらに事を荒げはしないだろうが、敵である可能性を探り続けていくのか。
――この先、ずっと。