翡翠の森

ジェイダに心から『よかった』と言ってあげられないことに、罪悪感を覚えずにはいられない。


「とにかく、今は見守るほかないね。お妃様のお披露目も終わったことだし、各々どう出るやら」

「反故にはさせん」

「これからだよ。まだ先は長い」


珍しく兄の方が意気込んでいる。
いつもと逆の会話に、こちらは少し落ち着いてきた。


(……そう、ここからだ)


大事な一歩を踏み出すきっかけは、不快極まりないものだった。
だからこそ、無駄にするつもりはない。


「さて。そろそろ僕は、ジェイダとイチャイチャしてくるよ。もう少し押してみたら、大人の階段を上れたりして……」


ぷっと吹き出すのが聞こえて睨んだが、兄は素知らぬ顔だ。


「……なに」

「いや? 別に何も」

「あー、そうですよ。まったくもって、手なんか出せやしない。なまじ好感触になってきたから、強引になれないんだよね。こんなことなら、キスするって言っときゃよかった」

「……意味が分からんが。ロイ」


ちょうどいい。
こんな愚痴を聞かせることができるのは兄だけだ。この際吐き出してしまおうとすると、彼は雑に手を振り、早々に中断させ言った。


「私の性格も、褒められたものではない。……お前だけじゃないさ」

「そんなの分かりきってるさ。兄さんのことくらい」


ふいに掛けられた優しさに目を丸め、感謝しながら唇の端を持ち上げてみせる。


(……あの時も、そうだったな)


まだ、この名がアルバートだった頃。
不器用な兄は、いつもこうして手を差し伸べてくれていた。

――「一緒だ」と。

< 99 / 323 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop