獣人皇帝は男装令嬢を溺愛する ただの従者のはずですが!
 宝石みたいな果物がたっぷりのったタルトを頬張りながら、ハミル殿下がマクシミリアン様に水を向ける。
「三週間前だ」
「ふぅん、そっか。……ねぇ、兄様は覚えてる?」
 ここでハミル殿下は、一旦言葉を途切れさせる。嬉し楽しの茶会にすっかり浮かれた私は、のんきにクッキーを頬張りながら、ハミル殿下の続く言葉に耳を傾けた。
「前に僕が『皇帝の座を譲って』って強請ったら、兄様は『皇帝の座は譲れない。その代わり、それ以外に望むものはいくらだって譲ってやる』って言ってくれたよね?」
「ああ、覚えている」
 少しの間を置いて、マクシミリアン様は頷いた。
「じゃあ兄様、僕ね、ヴィヴィアンを気に入っちゃったんだ。だから僕に譲って!?」
 ……え? ハミル殿下の無邪気な声が鼓膜に反響していた。
 ギシギシと軋む首を横に巡らせる。視界に映るマクシミリアン様は、能面みたいな無表情をしていた。
 さらに無邪気にピクピクと揺れるハミル殿下の虎耳とは対照的に、マクシミリアン様の尻尾はピキンと固まったまま微動だにしない。
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