獣人皇帝は男装令嬢を溺愛する ただの従者のはずですが!
「ふふっ。まぁいいや、それより兄様、このマフィンすっごくおいしいんだ。ほら、ひと口食べてみて!?」
「どれ」
 打ちひしがれる私を尻目に、兄弟はモフモフの尻尾を揺らしながら仲良しこよしで楽しそうだった。
 ……うわぁっ! なんという眼福! 消沈から一転、モフモフ尻尾の共演にすっかり目が釘付けになった。

***

 ハミルらとの茶会の後、重い腰を上げて皇太后の居室を訪ねた。
 俺としては今さら彼女と話すことなどなく、顔を合わせたいとすら思わないのだが、皇帝として帰宮した皇太后を無視するわけにもいかず仕方なく足を運んだ。
 形通りの挨拶を済ませて居室の扉を閉めた瞬間、特大のため息がこぼれた。楽しかった茶会の気分が嘘のように、今は全身が鉛のように重い。
 紛糾する議会で大臣らとやり合うより、各国首脳と重要な交渉を進めるより、実母との対面が俺を消耗させた。
 ……少し外の空気を吸ってから部屋に戻るか。
 政務室に戻って仕事を進める気が起きなかった俺は、中庭へと足を向けた。
 中庭は、西に沈みかけた夕日で茜色に照らされていた。
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