獣人皇帝は男装令嬢を溺愛する ただの従者のはずですが!
 大禍時……。この時間帯は、こんな言葉で表されることがある。文字通り、魑魅魍魎が蠢く禍々しい時という意味だ。
 母は丸三日にも及ぶ並々ならぬ産みの苦しみを経て、この時間帯に俺を産み落としたという。彼女が耳なしの嬰児を初めて目にしてあげたのは、阿鼻叫喚の悲鳴だったそうだ。
 俺は母から乳を含まされることもなく「禍々しい耳なし」「出来損ない」といった罵詈雑言を聞かされて育った。時には激昂した彼女に、ひどく打ち据えられることもあった。
 対外的には幼少時に額に負った怪我を隠すためとして巻いているターバンだが、これもまるっきりの嘘というわけではない。事実、俺の額には母から燭台を投げつけられて負った傷があるのだから。
 もっとも今では、母は世継ぎのプレッシャーを受けながらやっと授かった皇子が耳なしという事実を受け入れられず、正気を欠いていたのだと一定の理解もしている。
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