ぽんこつ魔女は社畜騎士さまの添い寝役をつとめたい
これは嵌められたかな(クロ視点)
◆ ◆ ◆
サナは大丈夫かな……?
スタイナー帝国随一の学校だ。自分なんかで付いていけるのか、そんな心配がなかったわけじゃない。授業はそれなりに面白かった。昼食の時間になって、慣れない学校生活にそれなりに疲労もたまる。
だけど、やっぱり頭によぎるのはサナのことばかりだ。
お弁当を届けるなんて、あのサナにできるのか?
「クロ……」
だって、サナなのだ。
掃除ひとつまともにできない。料理の前に火も起こせない。
無論、一人で買い出しに行かせようものなら、迷子は必須。地図なんて読めるのか?
「クロード君」
頼りの綱が、黒猫のギギだ。
いつもサナと一緒にいる猫。ある日とつぜん、家のドアをギーギー引っ掻いていた猫。それがギギ。あまりにうちに居座るし、そんな猫をあのお人好しのサナが放っておくわけがない。とてもしっかりしている猫だ。猫の手を借りるというもの癪な話だが、悲しいかな。サナよりよっぽど頼りになる。
「クロード君っ‼」
肩を揺さぶられて、僕はようやく気が付いた。クラスメイトに話しかけられていたらしい。
クロード=ウィスタリア=バルバートン。
それが、ここでの僕の名前。
「さっきから、ぼんやりして大丈夫? 食堂行かないの?」
小ざっぱりした褐色髪の、どこにでもいそうな少年だ。
同学年は、基本的に同じ年齢が集められているらしい。だから彼も十七歳のはず。
同じ制服を着ているから判断しがたいが、それでも中途半端な時期に突如入学してきた自分なんかの心配をするなんて、あまり貴族らしくはないな。
だってほら、他の連中は今も僕らを見てはヒソヒソしているから。
僕なんかに話しかけて、彼も良いことないだろうに……。
そんなことを思うけど、せっかくの親切を邪険にするわけにもいかない。
「心配してくれてありがとう。でも僕、お弁当を持ってきているんだよね」
「お弁当?」
彼の疑問符に、僕はかばんの中から弁当を取り出してみる。
包みを開けば、パンにハムや野菜を挟んだサンドイッチ。当然、サナの昼食やあの騎士に用意したものと同じもの。
どってことないものだが、貴族の皆さんにとってはそうじゃないらしい。
「え……家畜の餌じゃなくて?」
……ゴミと言われないだけマシかな。
もちろん、見てくれに問題があるわけじゃない。だけど一番綺麗な部分は当然サナに残してきたから、僕の分は端っこばかりだ。
それでも、さすがに自分の料理を餌呼ばわりされて、気分は悪い。
黙って僕が食べてみせると、教室がどよめきだす。
話しかけてきた彼も明らかに困惑していて、思わず僕は苦笑してしまった。
「僕に構わない方がいいんじゃない? 君も『家畜』扱いされたくないだろう?」
そう嫌味を言うと、彼はあからさまに「しまった」と顔をして。
これを言うとサナは悲しむだろうけど、僕は友達が欲しいわけではない。
ただ学校に通うとサナが喜ぶから、通っているだけ。
将来役立つかもしれないから、来てみただけだ。
だから、弁当を最短で平らげた僕は、席を立つ。
「午後の授業は剣術だっけ? 着替えて校庭に行けばいいんだよね?」
「あ、うん……」
「そう。ありがとう」
僕は愛想笑いを返して、教室を出る。
ひそひそと。陰口叩かれるのは感覚に、僕は考えを改めようと思っていた。やっぱり帝都で事務官などではなく、人里離れた場所でサナと二人きりで生活した方がいいかもしれない。
コソコソと言われる中で、ひときわ目立っていた単語があった。
バルバートン――どうやら、借りた名前は悪目立ちしているようだ。母さんの残してくれた本によれば、大貴族のはずなんだけどな。でもあの使用人もしない様子からして、没落しかけているとは予測してたけど。それでも、この居心地の悪さは異様だ。
そんなことを思い返しながら、人気のない校舎裏で着替える。
もちろん立派な更衣室があるようだが、背中の焼印を見られるわけにはいかない。属国の敗戦国であるとはいえ、ミュラーの亡き王子だとバレたら、どうなることか。バルバートンの名前を借りたのも、それが理由だ。こんな城と見間違えるような立派な学校に、平民の名前で通えるわけがない。
その問題に関して、アルベール陛下が『スタイナーの名前を貸そうか?』とあっさり提案してきたが、即座にはねのけた。いきなり養子を取れる身分じゃないだろう!
バルバートンの名も、正式な養子になったわけではない。形式上『バルバートン』の庇護と推薦により通うというだけ。とはいえ、あまりにバルバートンの評判が悪すぎる。
「まぁ、家にあった本に近代史はなかったから、ここ数年で何かあったんだろうけど」
これはあの陛下に嵌められたかな。
シャツを脱ぎながら嘆息した時だった。
「クロード……王子?」
その声に、ハッとする。
気配はなかった。まわりは草木で覆われているし、当然背後も無人であることを確認していた。
慌ててシャツを着直す。だけど、彼は木の後ろからしっかりと身体を出していた。ついさっき、僕に声をかけてきた褐色髪の少年が「やはり」と呟いていたのだから。
これはもうお手上げだ。
「そういえば、君の名前を聞いてなかったね」
「……名乗るほどのものではありません。自分はミュラーの再建派として、王子を探すようにと言い付けられていた刺客です。表向きはスタイナー帝国貴族の養子としてこの学校に通い、貴族の子供たちから有力な情報を仕入れることが、自分の主な役目でした」
彼は語る。こちらが聞いてもいないのに。涙をポロポロと流しながら語る。
「あぁ……ミュラーの尊き御子の血が、しかと守られていようとは……」
うっとうしい。
感動しているところ悪いが、正直呆れるしかない。
ミュラー皇国は『血』というものを大切にしているようだが、こちとら生まれた直後に捨てられた身だ。そんな価値観を押し付けられて、神のように崇められても困る。なんせ、今まで普通に『家畜の餌』を作って食べているような男だぞ?
そんな僕に、彼はひざまずいた。
「あぁ……この世の奇跡に、尊き御身がこの世で生きていること、心より感謝致します」
「大袈裟。僕にそういう趣味はないんだけど」
僕がいくら嘲笑しても、彼は頭を下げたまま微動だにしない。
「……顔を上げて?」
「ありがたき幸せ」
そして僕を見上げた目は、うっとり溶けたようだった。
涙で潤んだその顔は、本当に奇跡を目の前にしているかのような。
こんな顔をする人間を、生まれて十七年見たことがない。それでも思い知る。
僕はあの陛下に嵌められたのだと。
ならば、足掻くしかない。
僕の人生を、この背中の焼印ごときに左右されてたまるか。
「改めて聞こう――君の名前は?」
「ですから、神の御子である貴方様に名乗るような名前は――」
「僕がミュラー王子だと知るものは、この国でただひとり、君だけだ。僕は唯一の友の名を覚えないほど薄情でも無能でもないつもりだよ」
「友……!」
その単語に、彼は破顔し、ますます涙を零す。
それを見下ろして、僕は微笑む。内心湧き上がる感情を、すべて押し殺して。